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〈オバマ政治の功罪〉 皆保険への道 医療費上昇、負担増も

(2012年2月9日) 【中日新聞】【朝刊】【その他】 この記事を印刷する

階層間深まる亀裂

画像7日、ニューヨークの診療所で医院スタッフと打ち合わせする桑間医師(左)

 「おい、おまえを訴えてやる」

 エンパイアステートビルが見下ろす夜更けのニューヨーク市マンハッタン。ベス・イスラエル・メディカルセンターの緊急医療室に担ぎこまれた路上生活者は、医師の対応が気に入らなかったのか怒声を上げた。

 この男性患者は路上に倒れていたところを救助され、センターに移送された。医療保険には入っていない。

 「少しでも手抜かりがあれば訴訟は現実になり大きな損害を被る恐れがある」。同センターの一角にある東京海上記念診療所の院長を務める桑間雄一郎医師(49)は、訴訟社会米国で医療に従事する緊張感を打ち明けた。

 米国勢調査局によると、2010年の医療保険未加入の「無保険者」は約4990万人で、全人口の約6分の1。住宅バブル崩壊の07年以来4年連続で増加した。多くの医療機関はこうした無保険者の治療を避けようとするが、州政府など自治体の補助を受ける一部医療施設は、緊急患者の受け入れを拒否できない。

 無保険者増加の背景には、景気悪化のほかに医療費高騰がある。メリーランド州の男性(48)は2年前、腰の腫瘍を除去する手術で入院した。「保険でカバーできたが、手術・治療代は10万ドル(約760万円)を超え、入院費は1日1000ドルだった」と振り返る。

 オバマ大統領が10年3月に成立させた医療保険改革法は、先進国で唯一達成していない「国民皆保険」を目指すものだった。83%程度にとどまっている国民の保険加入率を、19年までに95%に引き上げ、既往症を理由に保険加入を拒否することを禁じるなど、民間保険プランに対する規制も強化する方向で改革が進んでいる。

 だが、議会の党派対立で財源確保の見通しは厳しい。資金拠出を求められた保険会社など関連業界は10年秋以降、サービス料値上げに動いた。保険加入義務付けが憲法に違反しているかどうかを問う裁判も進行中だ。

 南山大学外国語学部の山岸敬和准教授は「実現すれば、国民皆保険に近づく意味で、米社会にとって歴史的成功といえる」と評価するが、「保険や医療関係者などの利害調整に配慮しすぎたため、コスト抑制が不十分で、中間層へのしわ寄せを招いている」と限界も指摘する。

 一方、医療機関は医療過誤保険の拡充など防衛策に動き始めた。公的支援を背景とする保険加入者が増加することで、訴訟リスクが高まるとみているためだ。医療費の上昇につながり、庶民の負担を増やす悪循環となる恐れもある。

 米国で保険を持つ市民が「持たざる者」に向けるまなざしは険しさを増している。オバマ大統領は「1つのアメリカ」を訴え、医療保険改革を最優先課題に位置付けたが、階層間の亀裂は一層深まりつつある。 (アメリカ総局・久留信一、写真も)

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