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尊厳死、なぜいま法制化の動き 

(2012年3月29日) 【北陸中日新聞】【朝刊】【その他】 この記事を印刷する

医師の法的責任問わず  難病患者、障害者ら反発  

 患者が自らの意思で人工呼吸器の装着などの延命措置を望まず、自然な形で最期を迎える「尊厳死」。その法制化を目指してきた超党派の国会議員連盟が、医師が問われかねない責任の免除などを盛り込んだ法案を初めてまとめた。だが、難病患者や障害者からは「命の軽視につながるのでは」との懸念の声が上がっている。 (小倉貞俊)

医療現場は歓迎の声も 

画像「尊厳死法制化を考える議員連盟」の総会であいさつする増子輝彦会長=22日、東京・永田町の衆院第2議員会館で

 東京・永田町の衆院第2議員会館。与野党の国会議員約110人が名を連ねる「尊厳死法制化を考える議員連盟」の総会が22日開かれ、法案の草稿が配られた。

 「『尊厳ある生を大切にする』という考えのもと、ようやく1つの案を提示することができた。この案を中心に、議員立法として今国会に提出したい」。議連会長の増子輝彦参院議員(民主党)はこう力を込めた。

 議連は2005年に発足。法制化に向け議論を重ねてきた法案の内容は−。まず「終末期」を、適切な治療をしても回復の可能性がなく、死期が間近と判定された状態にある期間と定義。「延命措置」については、人工呼吸器や、おなかに穴を開けて管から栄養や水分を胃に送る胃ろうなど患者の生存期間を延ばすための行為とした。

 そして「15歳以上の患者が延命措置を拒む意思を書面で示しているケースで、2人以上の医師が終末期と判定した場合には、延命措置をしなくてもよい」とする。

 患者の意思は「事前指示書」(リビングウイル)などと呼ばれる書面に残す。法案では、すでに実施している延命措置の中止は含まないほか、認知症患者や知的障害者ら本人の意思が分からない場合は対象外とした。

 尊厳死より踏み込んだ「安楽死」は、医師が薬物などで積極的に患者の余命を縮める措置で、国内では認められていない。尊厳死の場合も、医師が延命措置を中断した場合に刑事責任を問われる可能性がある。

 06年には、富山県の射水市民病院の医師が末期がん患者など7人の人工呼吸器を取り外して死亡させていた事件(後に不起訴)が発覚。翌07年、厚生労働省は「患者本人の決定を基本にした医療が原則」などとする終末期医療の指針を作成したが、医師の免責には触れておらず、医療の現場からは法的な担保を求める声が上がっていた。

 このため法案では医師の免責条項を設け、延命措置をやめても「民事、刑事、行政上の責任を問われない」と明記。生命保険契約では「自殺者と扱わない」とした。

 この日の議連総会では、関係団体から意見を聞き、これまでも法制化を強く要望してきた「日本尊厳死協会」が賛意を表明した。

 同協会は1976年に発足。医療技術が高度化する中、過剰な延命治療を断り、「人間としての尊厳を保ちながら死を迎えたい」という権利を確立する運動を進めている。「尊厳死の宣言書」と名付けたリビングウイルを発行し、会員数は12万5千人。亡くなる会員の9割は、リビングウイルを提示して尊厳死を選んでいるという。

 同協会副理事長の鈴木裕也医師は「自分の人生の幕の下ろし方は自分で決めたいという人が増えている半面、医療現場では希望通りの対応ができないという医師のジレンマがある」と、法制化の必要性を主張した。

国民的な議論、まだ不足  「命の軽視招く」

 一方で、反対意見も続出した。障害者インターナショナル日本会議は「法案に示された終末期の定義があいまいな上、延命措置という表現がマイナスイメージで使われている。法制化に関する国民的な議論が足りない」と白紙撤回を要請。

 日弁連は「現状ではそもそも患者の権利保障が不十分。法制化の前に医療、福祉、介護制度の問題点を解決すべきだ」と指摘した。

 議連は各党で意見をまとめた上、法案の提出後は党議拘束をかけない採決を視野に入れている。ただ、07年に法案のたたき台を作った際には合意に至らなかった経緯もあるなど、各党には反対の立場の議員も多い。提出できたとしても成立の見通しは不透明だ。

 議連事務局長の阿部俊子衆院議員(自民党)は「政権交代もあり法案作りが延び延びになってきたが、やっと尊厳死について考えてもらう第一歩になる。望まない人は対象にしないことを理解してほしい」と訴える。

 とはいえ、団体からの反対が相次いだように、尊厳死の法制化に国民の関心が高まっているとはいえない。「高齢化で増え続ける医療費の抑制が目的ではないか」という見方もある上、特に難病患者や障害者らは深刻な不安を抱えている。

 「法制化で、患者は生きることを断念するよう無言の圧力を受ける」と訴えるのは、30年近くも進行性の難病の筋萎縮性側索硬化症(きんいしゅくせいそくさくこうかしょう)(ALS)を患う橋本操さん(59)=東京都練馬区=だ。

画像総会を傍聴するALS患者の橋本操さん=東京・永田町の衆院第2議員会館で

 ALS患者は全国に約9千人。全身の筋肉が徐々に弱まり、頭脳や感覚の機能は悪化しないものの、呼吸筋のまひで人工呼吸器を装着するほか、経管栄養補給に頼らなければならない。

 「患者には24時間の介護が保障される仕組みがない。世話をする家族が仕事を辞めるなど負担は大きい。家族の迷惑を考え、強く『生きたい』とは表明できない」

 こうした苦悩の末、呼吸器を付けずに亡くなるALS患者は7割に上る。08年に亡くなった滋賀県の男性患者=当時(62)=は当初、呼吸器の装着を希望したが、周囲から「家族にもつらい思いをさせてまで生きる気か」と暗に言われた。

 男性は、介護に疲れ果てた身内を見て「過酷な病状に耐える勇気がなくなった」と延命を諦めたといい、男性の長女(39)は「父の心を折ってしまい、一生消えない後悔がある。法制化によって家族へのプレッシャーも強まるのでは」とみる。

 さらに問題なのは本人が書面に示した意思が、直近の意思と同じかどうか分からないことだ。

「法制化は疑問」と話す川口有美子さん=東京都千代田区で

 ALSを発症した母親を12年間、介護した日本ALS協会理事の川口有美子さん(49)は「いざ自発呼吸ができなくなって苦しくなり『やはり生きたい』と気が変わっても、家族や医師が書面を優先してしまう例もある。法的拘束力を持てば書面の書き直し、撤回がしづらくなる」と懸念。「震災復興に向けたどさくさの中、議論もないまま審議にかけられるのは言語道断だ」とも。

治療、介護の仕組み改善を

 尊厳死の問題に詳しい立岩真也立命館大教授(社会学)は「延命措置を否定する風潮が広がり、患者や障害者ら弱者の生きにくさが助長されるだろう。そもそも人の生き死にを法律で決めるより前に、医療や介護の仕組みを改善して生きられる環境を整える必要がある。命をどう救えるかこそ、優先して取り組むべきだ」と話した。

デスクメモ

 大震災は1度にあまりにも多くの命を奪い去った。津波の犠牲者のほか、避難時にショックや疲労で体調を崩した震災関連死はお年寄りや病人の弱者だった。人の命のはかなさや尊さに向き合った1年だったはず。尊厳死の現実はあるが、今なぜ? 「生きていたい」意思をもっと尊重してあげたい。 (呂)

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