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支え合う みえの患者団体〈13〉 脳外傷友の会・三重TBIネットワーク

(2012年11月25日) 【中日新聞】【朝刊】【三重】 この記事を印刷する

活動が「三重モデル」に発展

画像会のイベントで楽しいひとときを過ごす宏二さん(右から2人目)らメンバーたち=松阪市の森林公園で

 四日市市尾平町の古謝(こじゃ)由美さん(61)の次男宏二さん(33)は高校2年生だった16歳の時、交通事故で脳を損傷し、高次脳機能障害となった。事故から数カ月後、宏二さんは名古屋市の総合リハビリテーションセンターに入所。そこで出会った当事者の家族たちで前身の「脳外傷友の会」を立ち上げた。

 当時、高次脳機能障害という言葉もまだ知られていなかった。普通の主婦だった生活は一変。障害への理解や支援を求め、県や国の機関へも何度も出向くようになり、人の輪も広がった。それを「息子にもらった新たな出会い」と呼ぶ。今はそうして得た人のつながりが「すてき」と感じられるようになった。

 古謝さんたちの活動は実を結び、包括的に地域で患者を支えるモデルができた。県が10年前から進める「三重モデル」と呼ばれる高次脳機能障害の支援事業。障害診断をし、社会復帰までを請け負う松阪中央総合病院(松阪市)、回復期のリハビリテーションを担う藤田保健衛生大学七栗サナトリウム(津市)を拠点病院とし、患者の相談窓口となる県身体障害者総合福祉センター(同)と連携した支援体制だ。

 宏二さんは今年で、事故に遭ってからの人生の方が長くなった。名古屋市のセンターでリハビリを終えた後は特別支援学校へ転校。体は健常者とほぼ変わらないため、身体障害のある同級生との生活になじめずつらい思いもした。「あなたはこの学校に来て良かったんだよ」。恩師がかけてくれた言葉に救われたという。

 卒業時は自分で就職情報誌から会社を探して進路を決めた。理解ある社内の人たちに恵まれ10年近く働いた。体調面の不安もあり退社し、他の仕事も経て再び就職の訓練中。昨年は、同じ障害のある人や家族らが大勢集まる講習会で自身の経験を発表した。

 「社会が受け入れてくれるなら、本当はこうした団体も必要ない」と古謝さんは思う。行政の支援制度を当事者が十分に知らない場合もある。理解し合い、自然に支え合える社会を目指して活動を続けている。 (神谷円香)

 高次脳機能障害 交通事故で頭に外傷を負ったり、病気で脳出血を起こしたりして脳の機能がダメージを受けることで生じる。記憶力や注意力、社会的行動力が低下し、人の話を理解しにくくなったり、臨機応変な対応ができなかったりする。身体機能は正常な人も多く、外見では障害が分かりにくいため、周りとの人間関係づくりに悩む患者が少なくない。

 三重TBIネットワーク 2001年にできた脳外傷友の会「みずほ」三重支部を発展させる形で06年に設立。会員は患者とその家族の40人ほど。毎月第2木曜の午後1時から、四日市市蔵町のなやプラザで家族が気軽に話し合える場を開いている。問い合わせは、事務局(古謝さん)=電059(332)7729=へ。

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