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支え合う みえの患者団体〈14〉 三重県腎友会

(2012年12月9日) 【中日新聞】【朝刊】【三重】 この記事を印刷する

助成維持と防災対策を

画像事務局で会員と打ち合わせをする西山会長=伊勢市小俣町本町で

 腎臓は肝臓とともに「沈黙の臓器」と呼ばれる。病気になっても長い間自覚症状がないためだ。県腎友会の会長を務める西山幸生さん(63)=伊勢市御薗町高向=の体でも、病気はひそかに進行していた。

 20歳で若年性高血圧症と言われたが、十数年間は特に症状はなかった。ただ40歳目前に「昼は出ないのに夜はよく尿が出るようになった」。1987(昭和62)年の大みそか。伊勢市内の路上でオートバイを運転中に転倒。右足を骨折し、市内の病院へ運ばれた。そこで腎不全だと分かった。

 仕事は製造工場の作業長。「組合の活動もしとったので寝る暇もないくらい働いた」。週3回、病院で4時間の人工透析や腎友会の活動をしながら働き続け、2005年に会長職に専念するため退職した。

 日本で透析の普及が始まったのは1967年。当時は健康保険加入者でも月30万円の負担があり、透析を受けられるのはごく少数だった。「透析のために家や田んぼを売る人がいた。働いていない女性はお金がなく、離婚したり、自殺したりもあった」という。

 全国の患者が結集して71年に全国腎臓病協議会(全腎協)が発足。翌年には高額な透析医療費の自己負担軽減を実現させた。後に県腎友会も地方組織として結成され、公費負担の継続などを求め続けている。現在の県の制度では透析患者の実質負担はゼロとなっている。

 しかし非会員でも負担ゼロの恩恵を受けられる上、高齢化が会員減少に追い打ちを掛ける。県内の透析患者数は4077人(2010年末現在)だが、会員は1500人弱。西山さんは「自己負担が大きかった時代を語れる人がいなくなった。会費がなければ活動もできん」と嘆く。

 2007年、県が2割の自己負担を求める福祉医療制度見直しの方針を示した。県腎友会は県議への陳情や署名活動に回り、導入は見送られた。しかし財政状況の厳しい中、現在までに28道府県で自己負担を求める制度に見直されており、今後も不透明な状況が続く。

 医師不足の影響も大きい。東紀州には透析施設のある病院が少なく、夜間の透析を受け入れる施設も松阪市以南にはない。腎友会事務局長の女性(50)は「働く人は津市まで行かないと夜間透析ができない場合もある。透析後は体調も悪くなるので通うのは大変」と話す。

 さらに気掛かりなのは災害。東海・東南海・南海地震が懸念される地域で「1日おきの透析治療が必要な患者を受け入れる態勢は整っているのか」との不安が患者の間で渦巻く。昨年度から災害対策を求める要望書も県議長や各市町の首長宛てに提出している。

 いずれの問題解決にも会員の力が必要となる。西山さんは「病気を抱えた上でさらに何かしてくれる人は少ないが、せめて会の名前だけは何とか存続させたい」と切実に訴えている。 (中平雄大)

 腎臓病と人工透析 腎臓には血液をろ過して体内の老廃物を尿として排出したり、水分や血圧を調節したりする機能がある。腎機能が低下すると体内に老廃物がたまり、尿毒症を引き起こす。慢性的な腎不全は人工透析による治療が必要。水分や食事も制限される。全国腎臓病協議会のホームページによると、全国の透析患者数は30万人を超える。

 県腎友会 1975(昭和50)年に結成。総会や勉強会の開催のほか、腎疾患総合対策を求める国会請願の署名や募金活動、腎臓移植の普及啓発キャンペーンもしている。日帰り親睦旅行や新年会、会報「あした葉」の発行などで会員同士の情報交換もしている。事務所は伊勢市小俣町本町1368の東浦方。問い合わせは事務局=電0596(22)6730。

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