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支え合う 患者たちの絆〈27〉 がんサポートセンター

(2012年12月23日) 【中日新聞】【朝刊】【岐阜】 この記事を印刷する

体験語り合い輪広げる

画像がん患者や家族の話に耳を傾ける横山光恒副理事長(右から2人目)とピアサポーターの山田かよさん(右端)=大垣市の市民病院で

 「シャワーの際、髪を握ると、その形に抜けた。髪だけでなく、体中の毛が抜けた」

 11月中旬、大垣市民病院で開かれたNPO法人「がんサポートセンター」のサロン。がん患者や家族に、副理事長の横山光恒さん(43)=各務原市=が、自らの経験を穏やかな表情で語った。

 2005年、右脇下に「ユーイング肉腫」というこぶし大のがんが見つかった。36歳だった。肺の一部の切除、右腕の切断、長期の抗がん剤投与が必要と医師から告げられる。自宅で9歳と3歳のわが子の寝顔を見ると、涙が止まらなかった。

 抗がん剤で腫瘍は小さくなり、肺の切除と腕の切断は免れた。が、副作用で息ができないほどの吐き気と嘔吐(おうと)が続く。のどが切れることもあり、手足はしびれ、白血球数も減った。

 家族や同僚の励ましも「これ以上、何を頑張るのか」と素直に聞けず、周りとの接触が嫌になった。「がんになった者でなければ、分からない」

 転機は、がん経験者との出会い。インターネットや、患者を支援するチャリティーを通じて知り合った。悩みを打ち明け、気持ちが楽になった。

 「悩んでいるのは自分だけじゃない」と07年にセンターの運営に参加。副理事長として08年から岐阜大病院で毎月1回の患者サロン「つむぎの路」を開き、今年11月から大垣市民病院でも始めた。

 サロンでは皆が思いを語り、話に耳を傾ける。横山さんは「経験や思いを共有することが、互いの気持ちを支える」と話す。

 昨年からは患者や家族の話を聞いたり、相談に応じたりする「ピアサポーター」の養成を県と開始。32人が基礎知識や対話技術、病院での訓練など7カ月の研修を受けた。医療機関と協力し、活動の場をつくる。

 サポーターの1人で、09年に血液がんの「多発性骨髄腫」が見つかった山田かよさん(52)は、偶然同じ病院に血液がんの白血病で入院していた友人と毎日悩みを語り合い、救われた。致死量に近い抗がん剤を投与される治療だったが、「今を大事に生きようと思えるようになった」。

 2月に再発が判明し、再び治療を始めた。それでも「血液のがんに苦しむ人たちの話を聞き、力になることが夢」と話す。

 患者は年齢や性別、がんの種類、進行度などさまざまで、悩みも多種多様。横山さんはサポーターのネットワークをつくり、センターが両者の橋渡しになりたいと思っている。「サポーターとなることが、患者の生きがいにもつながる」  (山本真嗣)

 ピアサポート 「同じ立場(ピア)での支援」の意。疾病の経験者が患者や家族の悩みを聞き、相談に乗る。国は6月に新たに策定した「がん対策推進基本計画」に必要性を盛り込んだ。現在、人材の研修プログラムづくりを進めている。

 がんサポートセンター 「がん患者の駆け込み寺を」と臼田高夫理事長ら有志数人で2005年に発足。電話相談や患者サロン、講演会のほか、がん患者が宿泊しやすいホテルや旅館の情報もホームページで紹介する。毎週火、木曜日の午前10〜午後3時には松波総合病院(笠松町)でピアサポーターによる無料相談をしている。サロンの日時はホームページで更新。活動費の寄付を募っている。事務局=電050(1131)2586

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