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支え合う 患者たちの絆〈32〉 岐阜県断酒連合会

(2013年4月7日) 【中日新聞】【朝刊】【岐阜】 この記事を印刷する

体験談聞き、向き合う

画像アルコール依存症の当事者と家族らが体験を語る東濃東部断酒会の例会=恵那市長島町正家の中公民館で

 「私たちは酒に対して無力であり、自分ひとりの力だけではどうにもならなかったことを認めます」。恵那市で毎週水曜の午後7時半から開かれる東濃東部断酒会の例会。「断酒の誓いから」という司会役の合図で、集まった40〜70代の14人が声をそろえる。

 アルコール依存症の男性9人と、その妻や娘の5人。1時間半、どれだけ苦しみ、夫や父に苦しめられているかの体験を語る。一言だけで終わる人もいれば、10分ほどかけて涙ながらに話す人も。

 体験を語っている時には、誰も口を挟まず、助言もしない。1958(昭和33)年に日本で断酒会ができて以来の例会のルールがあるからだ。「言いっぱなしの聞きっぱなし、体験談は会場から外へ出さない」

 司会役を務めた山村英二さん(58)=瑞浪市=は断酒会に通って6年になる。20年前、ホテルの調理師を辞め、法事などで客の自宅に出張し、料理を作る仕事を始めた。味が評判となり、3日間徹夜するほどの忙しさ。疲れ切って体が動かない時、朝1杯だけ酒を飲むと、信じられないぐらい体が軽くなった。

 酒量は次第に増え、1日中飲むようになった。「ガソリンの補給だったが、止まらなくなっていた」。飲まないと手が震え、包丁を握れない。暴力を振るうことはなかったが、見かねた家族が治療が必要と考え、8年前精神科病院に入院した。

 退院後、1年間は酒を飲まなかった。だが「もう大丈夫」と、1杯飲み出すと止まらない。3年前までに計7回の入院を繰り返し、退院後10日で病院に戻ったこともあった。

 「狂ってる」。山村さんは断酒会に初めて行った時、参加者の体験談を聞き、ただあきれた。「おれはこの人たちと違う。こんなんで酒をやめられるわけがない」と思ったという。だが例会に通い続けると、自分も依存症だと認められるようになり、酒を飲まない日が続く。「だまされたと思って通ってみい」。断酒会の先輩にかけられた言葉を思い出した。

 依存症は治らない病気といわれる。山村さんは昨年2回酒を飲んだ。「5月と7月に、気づいたら焼酎を手にしていた。前後の記憶がまったくない」。例会でもそれを語った。

 21年断酒を続ける岐阜県断酒連合会事務局の中川勝美さん(69)=関市=は、ほとんどの人が再び飲酒してしまうと指摘。「自分もいつか飲んでしまうのではという恐怖が消えない」と打ち明ける。

 断酒会には「新入会員は先生」という言葉がある。断酒を続ける人にとって、新しい参加者は過去の自分を映し、苦しみを忘れないための鏡だ。中川さんと山村さんはこれからも例会で体験を話すつもりだ。「酒をやめるだけで人生が楽しくなった。みんなへの恩返しもしたいからね」(小川慎一)

 アルコール依存症 飲酒を制御できず、自身や家族、仕事などを犠牲にしてでも飲酒を優先してしまう状態。「否認の病」といわれ、家族への暴力などさまざまな問題が飲酒により引き起こされていることを認めない傾向がある。厚生労働省の推計では依存症の疑いのある人は全国で440万人、治療が必要な人は80万人。

 ▽NPO法人岐阜県断酒連合会△ 岐阜断酒新生会(岐阜市)、東濃断酒新生会(土岐、瑞浪市)、高山断酒会(高山市)、西濃断酒会(大垣市)、中濃断酒会(郡上市)、東濃東部断酒会(恵那市)の6団体で組織。各会がそれぞれ週1回程度の例会を開き、依存症者の家族だけの例会もある。問い合わせは、県精神保健福祉センター=電058(273)1111(内線2252)=へ。

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