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<びわこの光~重症心身障害児・者の今> (2) 無言の〝会話〟が絆に

(2013年5月4日) 【中日新聞】【朝刊】【滋賀】 この記事を印刷する

ひたむきな生 周りを変える力に

 無痛分娩(ぶんべん)の際、低酸素性脳症を起こして生まれた男の子がいた。その母親は、小児科の研修医になってまだ3年目の若い医師に「幸せに生きられないと思う。呼吸器を外して」と求めた。医師は「できない」と断った。

「今日は調子が良いですね」と会話しながら入所者に聴診器を当てる口分田政夫医師=滋賀県草津市のびわこ学園医療福祉センター草津で

 研修医はその子の主治医となり、懸命に接した。多くの看護師やスタッフも関わった。その後、少しずつ状態が良くなり、付けていた呼吸器がはずれた。当初はその子に関心がない様子だった母は、搾った母乳を持ってくるようになった。
 新生児集中治療室(NICU)に入院中、両親やその子の兄弟が面会に来るようになり、1年くらいたったころ母親は言った。「この子が家族の中心に思えてきた」「この子がいるとお兄ちゃんも間違ったことをしない気がする」。退院したその子は3歳ごろに短い命を閉じるまでを、家族に囲まれて自宅で過ごした。
 主治医だった若い医師は今、びわこ学園の医療福祉センター草津の施設長を務める。口分田(くもで)政夫医師(55)だ。「祝福されていない存在が、周囲を変化させる力を持っていた。どんな体の状態であっても人生にチャレンジして、家族に祝福される。それが可能なのだと感じた。自分にとっての大きなターニングポイント」と振り返る。 そして、口分田医師が何より強調するのが、重症児・者の子を支えていたスタッフや親、多様な人の関わりの重要性だ。「人のつながりができると、育てていこうという思いになるし、周りも子どもの表情をみて勇気づけられる」
 びわこ学園は西日本で初めての病院機能を持った重症児施設で、入所者は約230人。日常的に医療的ケアが必要で寝たきりの人や言葉による意思疎通ができないケースは少なくない。
 今から4、5年前、話しかけてもまったく反応のない重い脳障害の女の子がセンター草津に入所した。どう関わってよいか分からないなか、職員や口分田医師は今日の心拍はどうか、皮膚の色はどうか、とケアし続けた。
 「今日は気持ちよさそう」「どこか痛いところがあるのかな」「ぐっすり寝ているね」。女の子はひと言も発することはない。なのに、職員とその子との間に対話と関係が自然に生まれた。女の子が亡くなったときには、病棟に大きな穴がぽっかり空いたようだった。「何もしゃべらないし、反応のない女の子の存在がそれだけ大きかったというのが分かった」
 びわこ学園創設者糸賀一雄氏は1968年、県主催の研修会で「施設における人間関係」をテーマに講義中、心臓発作で倒れ、翌日に死去した。その講義で糸賀氏は「人は人と生まれて人間となる」という言葉を残した。
 口分田医師は、女の子が亡くなったとき、その言葉の意味を実感とともに理解した。「人と生まれて人間となる。人間の『間』、つまり間柄をつくっていくというのは、こういうことか」。何も動かないし、しゃべらない、反応もない。「けれど、間柄を作り出す力を持ち、社会に対しても何かをつくり出している」。口分田医師はそう確信している。

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