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<びわこの光~重症心身障害児・者の今> (4) 地域で生活 可能に

(2013年5月6日) 【中日新聞】【朝刊】【滋賀】 この記事を印刷する

ケアホームは「在宅」以外の選択肢

画像日中活動から戻った耕士さん(右)に「おかえり」と声をかける母の淑子さん=大津市松が丘7のケアホーム「ともる」で

 「学園だけの生活ではなく、昼間と夜の暮らしを分けてメリハリある生活をさせたい」。大津市の岩田淑子さん(72)にはこんな思いがあった。びわこ学園に約30年間入所していた長男の耕士さん(37)を、びわこ学園が運営するケアホーム「ともる」(大津市松が丘7)に移した。

 5歳のころに、びわこ学園に入所した耕士さん。うなだれるような動きをする発作を繰り返す「点頭てんかん」や、重い知的・身体障害がある。

 学園ではセンター草津に隣接する草津養護学校で、小学校から高校までの教育も十分に受けられた。充実した医療・看護体制もあり、学園に不満はない。でも、淑子さんは「障害がいくら重くても、普通の人が送る生活をしてほしい」と思った。

 当時、同じ入所者の親のなかには「なぜ、出るの」という声もあった。耕士さんは知的障害は重いが、発作がありながらも体の方は落ち着いていた。淑子さんは「後悔したくない。今なら環境を変えられる」と踏み切った。

 重症児は加齢とともに障害が重度化していくこともある。医療面や将来の不安もある。ただ、淑子さんは「必要になればまた学園に帰れるだろうというのがあったから決心したというのはある」と明かし、こう言った。「将来はどうなるか分からないけれど、今を豊かにすることが、当事者にとって良いことかなと思っている」

 重症児・者を対象にした県内でただ1つのケアホーム「ともる」は、学園が2011年9月に開設した。定員は10人で、重症児・者が共同で介護を受けながら、昼間は通所施設で物作りなどの共同作業といった「日中活動」をし、夕方に施設に戻って生活する。常勤医師と看護師はおらず、ヘルパーやキーパー職員ら16、7人体制で対応している。

 ケアホームでは、利用者一人一人の部屋が割り当てられ、プライベートが確保される場だ。共同作業でほかの人との関わり合いも学べる。田村和宏びわこ学園障害者支援センター所長(50)は「一人一人のスタイルが出せる場所」と強調した。

 ケアホームの運営に踏み出したのは、学園の入所待機者の増加が1つの背景だが、何より岩田さんのように当事者の家族から「地域で当たり前に生活を送らせてやりたい」との強い要望があった。

 重症児・者が地域で暮らす選択肢は「在宅」しかなかった。「もう1つ選択肢ができたということは意味がある」と田村さん。「障害が重くて普通の暮らしができないのは平等さに欠ける。新たな挑戦をしないと平等なものはできていかない」と強調する。

 十数年前にびわこ学園が通所支援を本格的に始めたころ、当時の学園理事長が田村さんに言った言葉がある。「通園するということは、その後もするということだぞ」。重症児・者の通所支援をする以上、いつかは地域で暮らす場所も必要になるという意味だった。ケアホームは、自宅のほかに、地域から通う場ができたという意味で大きな第一歩だった。

 田村さんは「いろいろな地域で、通所施設をつくる法人が増えていけば、必然的に利用者から地域で生活するニーズが生まれていく。そういうことがケアホームができていくことにつながる」と言い「びわこ学園はその先駆けとして、そのときにアドバイスができるようにしておかないといけない」と力を込めた。

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