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フクシマ後 「健康である権利侵害」 国連理事会で勧告 

(2013年6月22日) 【中日新聞】【朝刊】【その他】 この記事を印刷する

健康調査、避難基準の改善を 

画像昨年11月、現地調査で被災者から聞き取りをするアナンド・グローバー氏(左)=ヒューマンライツ・ナウ提供

 日本では福島原発事故後「健康を享受する権利」が侵害されている−。国連人権理事会で5月、被災状況を調査した健康問題に関する報告があった。放射線量の避難基準を厳格にすることなどを求めたものだが、日本政府は「事実誤認もある」などと激しく反発、勧告に従う姿勢を示していない。(林啓太)

 5月27日にジュネーブで開かれた国連人権理事会で、福島原発事故後の健康問題に関する調査の報告があった。特別報告者、アナンド・グローバー氏の報告と勧告は、日本政府にとって厳しいものだった。

画像福島原発事故後の健康問題に関するアナンド・グローバー氏の報告書

 報告は、原発事故直後に緊急時迅速放射能影響予測ネットワークシステム(SPEEDI)の情報提供が遅れたことで、甲状腺被ばくを防ぐ安定ヨウ素剤が適切に配布されなかったと批判した。

 その後の健康調査についても不十分だと指摘。特に子どもの健康影響については、甲状腺がん以外の病変が起こる可能性を視野に「血液や尿の検査も含めて、全ての健康影響の調査に拡大すべきだ」と求めた。

 日本政府が年間被ばく線量を20ミリシーベルトとしている避難基準に対しては、「科学的な証拠に基づき、年間1ミリシーベルト未満に抑えるべきだ」と指摘。「健康を享受する権利」を守るという考え方からは、年間1ミリシーベルト以上の被ばくは許されないとした。汚染地域の除染については、年間1ミリシーベルト未満の基準を達成するための時期を明示した計画を早期に策定するよう勧告した。

 人権理事会は、世界各国の人権侵害の調査、改善に取り組んでおり、人権に関する各種委員会の上部に位置する。健康問題の調査は、拷問、貧困など特定の課題について人権状況を調べる「テーマ別手続き」の一環で行われた。

 特別報告者に任命されたグローバー氏はインド出身の弁護士だ。昨年11月に来日し、約2週間にわたり現地調査などをした。「原発作業員の話も聞きたい」と要望し、今はホームレスとなった元作業員がいる公園にも足を運んだという。

 人権理事会の報告について、青山学院大の申恵丰(シンヘボン)教授(国際人権法)は「『テーマ別手続き』は、特定の国の人権状況を調べる『国別手続き』と比べて政治的な影響を受けにくい。信頼性が高く、勧告には重みがある」と指摘する。「法的な拘束力はないが、当事国は指摘を誠実に受け止め、人権状況の改善に生かすことが求められる」。国連社会権規約委員会も勧告に従うよう求めている。

 日本政府、激しく反論 検査拡大を拒否

 ところが、勧告を受けた日本政府は、激しく反発した。人権理事会に提出した「反論書」では、「報告は個人の独自の考え方を反映しており、科学や法律の観点から事実誤認がある」とまで言い切っている。

 SPEEDIの情報公開が遅れたとの指摘には「すでに政府のホームページに掲載され、公表されている。今では速やかに情報を公開する準備がある」と説明。

 尿や血液の検査については「尿検査は日本の学校では毎年行っている。血液検査は、科学的な見地から必要な放射線量が高い地域では実施している。不必要な検査を強制することには同意できない」と拒否した。

 公衆の被ばく線量を年間1ミリシーベルト未満に抑えることには「国際放射線防護委員会(ICRP)の勧告と国内外の専門家の議論に基づき避難区域を設定している」と反論。除染を終える時期については「1ミリシーベルト未満に下げるのは長期的な目標」としか回答しなかった。

 報告には原発作業員の健康影響調査と治療が必要との指摘もあったが「6カ月ごとに必要な医療検査を行うことを雇用者に義務づけている。必要とされる治療も提供される」と説明した。

 避難基準について、内閣府原子力被災者生活支援チームの担当者は取材に「線量が高いからといって住み慣れた家を離れるよう強いれば、環境の変化が健康リスクになりえる」と話した。

 こうした日本政府の反論に欺瞞(ぎまん)はないのか。

「説得力欠く反論」

画像子どもの甲状腺検査の説明会に、大勢の保護者らが集まった=19日、福島市の福島大付属小学校で

 SPEEDIの情報提供について、申教授は「公表が遅れ、高線量の地域にとどまった住民も多い。こうした経緯に触れず、時間がたってから公表した事実だけを述べて反論するのは説得力を欠く」と指摘する。

 子どもの尿と血液の検査の必要性については、国会事故調の委員を務めた元放射線医学総合研究所主任研究官の崎山比早子氏は「学校の尿検査だけでは、セシウムの検出はできない。甲状腺炎などの異常を見つけるためには、血液検査も必要だ」と批判する。

 確かにICRPの勧告は復旧期の被ばく基準を1〜20ミリシーベルトとしている。だが、グローバー氏はICRPの勧告が「リスクと経済効果をてんびんにかける」という考え方に基づいている問題性を指摘し、「個人の権利よりも集団の利益を優先する考え方をとってはならない」と断じている。

 「避難することで高まる健康リスクもある」というが、崎山氏は「そうした考え方を、避難を望む人にまで押しつけてはならない」と言う。「避難するかとどまるかを選択できるようにし、必要があれば経済的な援助をするのが政府の役割」

 原発作業員の健康対策についても、申教授は「下請けの下請けの下請け、という形で作業員がかき集められ十分な被ばく対策もないまま作業に当たらされているのは周知の実態」と話す。

原発の安全強調?

 「健康を享受する権利」は、人権条約「国際人権規約」で規定された権利だ。この条約は日本も批准している。なぜ、政府は人権侵害の指摘を打ち消そうと躍起になるのか。国際人権団体ヒューマンライツ・ナウの伊藤和子事務局長は「日本の原発は安全で、対応も完璧だと国際的に評価されたいのだろう」とみる。

 申教授は「あまりに人権軽視。まず人権侵害の状況があることを認め、改善に向けた具体的な道筋を示すべきだ」と強調した。

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