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〈遺すために 16歳・余命告知からの87日間〉−下− 子どもの心支えて

(2013年8月19日) 【中日新聞】【朝刊】【その他】 この記事を印刷する

大珠君の思い 伝えていく

歩行が困難になったころの菊本大珠さん(右)と佐々木美和さん(中)。闘病仲間の村松美穂さん(左)のライブを応援に来た=2011年7月、名大病院で

 余命告知を受けた菊本大珠(たいじゅ)さん=当時(16)=には夢があった。

 「チャイルド・ライフ・スペシャリスト(CLS)になること」。高校は、ほとんど出席できず自主退学したが「高卒認定試験で進学して、勉強する」と決意を語っていた。間近に見てきた佐々木美和さん(31)にあこがれたからだ。

 佐々木さんは2007年に名古屋大付属病院に配属されて以来、検査を怖がる幼児に付き添ったり、つらい治療の意味を教える冊子や模型を作るなど、子どもたちを支えてきた。

 09年に作った「中高生の会」は、大珠さんの大好きな場。月2回、ゲームを楽しんだ。盛り上がったのは「ゲテモノ入りたこ焼きパーティー」。ハチミツやグミなどの具に驚く佐々木さんに、みんなで大笑いした。

 告知後の大珠さんに対しても、病室に毎日のように顔を出して、話し相手を務めた。

 年末には感謝の手紙を書いた。楽しかった遊び、見送った子たちの思い出をつづり「しんどい話もちゃんと聞いて、自分で考えて決断をしている大珠くんを、心から尊敬します」。多くの別れを経験してきた佐々木さんにとっても、死を前提に思いを伝えたのは初めてだった。

 名大病院の小児科では、治療の難しい子どもたちのケアを協議する「トータルケアワーキンググループ(TCWG)」の会合が毎月、開かれている。医師以外にも看護師、臨床心理士、CLS、薬剤師ら多職種の会だ。告知後の大珠さんについて、ここで挙がった課題は友達が面会する際の条件や、ホスピス転院の検討ぐらい。穏やかな日々だった。

 TCWGをつくった高橋義行医師は、以前に勤務していた病院で、治療の意味を理解できず暴れる子どもたちの姿に胸を痛めてきた。名大病院へ来てからは、子どもたちに病名を伝える取り組みも先頭になって進めた。余命告知は、病名とは比較にならないほど重く、慎重に対応する必要があるが「これから検討する際には、親たちに大珠君のことを伝えていきたい」と話す。遺(のこ)したものは大きい。

 名大病院は1月、全国15カ所の「小児がん拠点病院」に選ばれた。厚生労働省の検討会の総合評価は、全国トップだった。
 

 ことし2月。大珠さんはベッドに横たわったまま、懸命に指を動かして、携帯電話のメール機能で手紙を書く作業を始めた。家族、友達など計9通に及んだ。そして3月12日、親族に見守られ、息を引き取った。

 佐々木さんへの手紙は、こう締めくくられていた。

 「これからも色(いろ)んな子の支えになってあげてね。今までたくさん遊んでくれてありがとう」
(編集委員・安藤明夫)

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