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東日本大震災4年 家は残ったけれど(上)直せない

(2015年3月10日) 【中日新聞】【朝刊】 この記事を印刷する

健康不安 出費負担に

画像サッシ戸が流された跡は、板が張られたまま。遠藤礼子さん(左)は「直したいけど、借金もできないし」と、大津広樹さんに語りかけた=宮城県石巻市で

 東日本大震災から2カ月がすぎた2011年5月。宮城県石巻市で、在宅被災者を支援する市民団体「チーム王冠」(伊藤健哉代表)のスタッフ大津広樹さん(34)は、津波被害のひどかった同市湊地区を回っていて、その家に気付いた。

 玄関が流され、板戸にダイヤル錠を付けて、応急の出入り口にしていた。壁も床もぼろぼろ。水道も電気も復旧していない。人が住める状態には見えなかったが、2階で遠藤礼子さん(67)が暮らしていた。2カ月間、近くの湊小学校に避難していたが、夫・正義さん(72)の心臓の持病が悪化して入院。それを機に、自宅へ戻ったという。

 大津さんらは、まず食料の支援を始めた。その後も正義さんは入退院を繰り返し、礼子さんも夏場に突然、重いリウマチを発症し、40日間入院した。

宮城県石巻市

 医療費は無料でも、入院中の食費などはかかる。正義さんの年金が頼りの夫婦に蓄えはなく、補修は諦めていた。しかし、行政の支援制度で152万円が支援されると知り、修理に前向きになった。

 大津さんは「壁の取り壊し、泥のかき出しなどはボランティアで引き受けるから、できるだけ安く」と、知り合いの業者に見積もりを依頼。支援金の範囲で玄関、居間、台所の床、壁などを修理し、何とか住めるようにした。ただ、サッシ戸までは予算が足りず、今も板を張って応急処置したままだ。

 仮設住宅や復興公営住宅に比べて、在宅被災者への支援は乏しい。礼子さんもしばしば「取り残された思い」になるという。大津さんは「支援制度を知らない高齢者が多いのに驚きます。市がインターネットでPRしても、アクセスできないし、町内会や集会所も崩壊して、情報が入ってこない地域も多い」と話す。

画像板がはがれたままの天井を指す佐藤與次郎さん。これ以上の修理はできない=宮城県石巻市で

 北上川流域の同市針岡地区の佐藤與次郎さん(84)は、震災の年の夏に助成金で自宅を応急修理した。津波は床下浸水にとどまったが、地震の揺れで屋根の瓦がずれ、壁も崩落するなど、築56年の住居の被害は大きかった。

 独り暮らしの佐藤さんへの支援額は127万円。屋根や壁を直すだけで精いっぱいだった。雨漏りで傷んだ天井は、板がはがれたまま。サッシ戸の多くはゆがんで動かず隙間風が入り込む。廊下の床もぶかぶかと浮いている。

 多少の蓄えはあり、市内に住む子どもたちと家族会議を開き、追加修理を検討した。結論は「あと何年住めるか分からないから、このままで」-。結果的にそれが幸いした、という。昨年11月、長女にがんが見つかり、抗がん剤の費用などを佐藤さんが支援せざるをえなかったためだ。「娘のところも大変だから仕方ないな。わしは足が痛い以外は特に悪いところもないし、不自由はない」と佐藤さんは話す。

 家や家族を失う悲劇だけが「被災」ではない。家が残っても暮らしの復興が停滞している被災者は、膨大な数に上るとみられるが、実情はよく分からない。特に在宅の高齢者はどんな問題を抱えて暮らしているのか、チーム王冠の活動をもとに眺めていく。(編集委員・安藤明夫)

工事費高騰、支援金目減り

東日本大震災の建物被害

 東日本大震災では、震源に近い宮城県沿岸部の被害が飛び抜けて大きく、岩手、宮城、福島の3県の全半壊戸数のうち、65.8%を宮城県が占める。

 災害救助法の「住宅の応急修理制度」は家が全壊、大規模半壊、半壊した被災者が申請すると、修理費のうち最高52万円を自治体が業者に支払う。このほか、石巻市は加算支援金として、被災者世帯が住宅を建設・購入する場合に最高200万円(独居は同150万円)、補修する場合に同100万円(同75万円)、賃貸住宅の補修は、同50万円(同37万5000円)を支援している。合わせると、持ち家の建て直しや購入に最高252万円、補修に、同152万円の支援が得られる。
 ただ、震災後の建材費、人件費の高騰で支援金の価値はかなり目減りした。生活資金の貸付制度もあるが、年金暮らしの高齢者が利用するのは難しい。

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