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iPS実用化へ加速

(2015年6月7日) 【中日新聞】【朝刊】【その他】 この記事を印刷する

臨床秒読み

画像iPS細胞研究の順調な進展を説明する山中伸弥教授=5月28日、京都市左京区の京都大で

 体のさまざまな細胞に変化させられる人工多能性幹細胞(iPS細胞)の実用化に向けた研究が加速している。初の細胞移植が昨年、網膜の難病患者の治療で実現したのに続き、パーキンソン病患者への移植、輸血用血液の作製も臨床研究が近づく。医療機関などに細胞を安定供給する仕組みづくりのほか、製薬会社を巻き込んだ創薬も動きだし、「未来の医療」は現実味を帯びてきた。(京都支局・森耕一)

自信満々

 「この5年で、さまざまな難病の人を救えると確信できるところまで来た」。5月下旬、京都大で学部生の授業の教壇に立った京大iPS細胞研究所長の山中伸弥教授は、800人の学生を前に胸を張った。

 「研究所ができたとき、iPS細胞は使い物になるのかすら分からず、10年、研究してだめなら撤退するつもりだった」と振り返った山中教授。自信を膨らませる背景に、神戸市の理化学研究所(理研)で実施されたiPS細胞から作った網膜細胞の移植で、患者の経過が良好なことがある。iPS細胞には移植後にがん化する危険性が指摘されてきたが、8カ月たっても問題は起きていない。

 臨床応用の2例目は京大のパーキンソン病治療になりそうで、来年の手術を目指す。京大では、血液の成分である赤血球や血小板を作製して輸血する臨床研究も来年始める。iPS細胞は無限に増やせ、高齢化社会での輸血用血液不足への切り札として期待される。

ストック

 実用化に向けた課題の一つがコストだ。実験用のiPS細胞は皮膚や血液から簡単に作れるようになったが、移植する医療用の細胞は薬と同じレベルの安全性が求められ、無菌状態の維持や安全評価に莫大(ばくだい)な費用と時間がかかる。網膜細胞移植に使った細胞は、患者の皮膚からの作製に1億円以上かかり、数カ月を要した。

 山中教授はこの課題を克服する「iPSストック」の整備にも力を入れる。iPS細胞は本来、患者自身の細胞から作るために拒絶反応が起きないのが強みだが、1000人に1人の割合でいる特殊な免疫の型「HLAホモ」を持つ人の細胞は他人にも拒絶反応が少なく、移植が可能。こうした細胞をストックしておけば、必要なときにすぐ提供でき、コストも抑えられる。

 iPS細胞研では、特殊な免疫の型を持つドナー探しを進めている。担当者は「2年後には再生医療を手掛ける全国の医療機関や製薬会社に細胞を提供する体制を整えたい」と話す。今秋には提供を開始する見通しで、理研での2例目の網膜細胞移植はこの細胞を利用して実施する予定だ。

新薬探し

 iPS細胞を活用した新薬開発や薬探しも進む。昨年には遺伝子の異常で骨が大きくならない低身長症の患者に、高コレステロールの治療薬スタチンが効くことが判明。患者のiPS細胞から直接骨は作れなかったが、スタチンを振り掛けると骨になった。患者の細胞を使うことで病気の状態を試験管の中で再現できるため、効く薬を容易に調べられ、動物実験でなく最初から人間の細胞で試せる。来年にも患者に投与する実験が始められるという。

 薬探しはアルツハイマー病などでも進み、iPS細胞研は4月に武田薬品工業から今後10年で200億円の提供を受けることが決まった。大学と企業の間では例がない規模の巨大契約だ。クリストフ・ウェバー社長は「創薬のやり方をまったく変えられる」と意義を語り、山中教授も「薬探しの速度を従来の何百倍にも高められる」と話している。

 iPS細胞 皮膚や血液など特定の機能を持った細胞に数種類の遺伝子を導入し、受精卵のようにさまざまな組織や細胞に変化する能力を持たせた細胞。培養条件を変えることで心臓や神経など特定の細胞に変化させられる。事故や病気で機能を失った組織や臓器を修復する再生医療や創薬への応用が期待されている。京都大の山中伸弥教授が開発し、2012年にノーベル医学生理学賞を受賞した。iPS細胞から作った網膜細胞を患者に移植する世界初の手術が、理化学研究所の高橋政代氏らのチームにより昨年9月実施された。

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