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〈母乳ストーリー〉妊娠中に乳がん 「子のため治療を」支えに

(2016年1月22日) 【中日新聞】【朝刊】【その他】 この記事を印刷する
画像妊娠中に乳がんが見つかった山口奈津子さん。長男が描いてくれた絵は宝物だ=名古屋市緑区で

 右胸のしこりに気付いたのは、長女(2つ)の妊娠8カ月の時だった。産後の授乳に備えて、お風呂でおっぱいマッサージをしていた最中。乳首の脇の一部が硬いのに違和感を覚えた。乳がん検診は毎年受けていたから、「まさか、がんじゃないよね」と思った。約1週間後、嫌な予感は的中した。

 「乳がんですね」。名古屋市緑区の主婦山口奈津子さん(40)が、地元の乳腺外科で宣告を受けたのは2013年10月上旬。長男(4つ)と一緒に聞いた病院では平静を装えた。「この子と、おなかの子を残して死ねない」。帰宅後、長男の寝顔を見ながら涙があふれた。

 名古屋第二赤十字病院(同市昭和区)に転院。乳腺外科副部長の赤羽和久医師(44)に「増殖が速いタイプのがん」と説明された。同月下旬、予定より1カ月早く帝王切開で産むことに。不安だらけで上がった手術台の上で、総合周産期母子医療センター長の加藤紀子医師(54)が手を握ってくれた。自身も2人の子どもがいる加藤医師は、「同じ母親として頑張ろうね」と励ましてくれた。手術では、女性ホルモンが乳がんを進行させるのを防ぐために卵巣2つも摘出した。

 長女は2250グラムの未熟児で生まれ、新生児集中治療室(NICU)に預けられた。長男の時は母乳で育てたが、今回は抗がん剤治療に備えて母乳を止める薬を飲んだ。他の部屋からは、赤ちゃんの泣き声と、あやす母親の声が聞こえてきた。胸に抱いて母乳をあげたかった。「死にたくない。子どもと離れたくない」。病室で1人、泣きながらご飯を食べた。

 心が折れそうな時、支えになったのは、加藤医師の言葉だった。「2人の子のためにお母さんが病気を治すことが、一番大事だよ」。加藤医師は、病気で母乳をあげられない母親をたくさん診てきた。「粉ミルクで育った赤ちゃんはみんな元気に大きくなってる。抱いて育てるのは粉ミルクでも同じ」と言ってくれた。

 抗がん剤治療を行い、約2週間後に退院した後は、吐き気やめまいに苦しんだ。子どもたちが泣いていても、腹筋が痛くて起き上がれない。トイレに行くのにも30分。夫が粉ミルクの授乳や家事、育児を担当してくれた。髪の毛が少しずつ抜け落ち、髪を全てそった。

 14年5月、右の乳房を切除。胸がなくなる寂しさよりも、「やっと、がんが取れた」と思った。手術後半年間は、痛くて右腕が上がらなかった。今も疲れやすく、子どもと思い切り遊べない自分にふがいなさを感じ落ち込むこともある。

 でも粉ミルクで育った長女は、母乳が防ぐとされる感染症やぜんそくにもならず、歌って踊ることが好きな元気な子に育っている。

 「まま、はぴ(ハッピー)になって」。昨年12月に乳房再建手術を受けた際、長男は自分の似顔絵にそう書き添えてくれた。妹にご飯を食べさせたり、お皿を下げたりしてくれて頼もしい。「生きてるだけで十分。子どもの成長を見られるだけで幸せ」(細川暁子)

病変見つけにくく

 日本乳癌(にゅうがん)学会の乳癌診療ガイドラインによると、45歳以下の女性乳がん患者のうち、妊娠・授乳期の患者は2.6%。赤羽医師によると、妊娠中や授乳期の乳房は乳腺が活性化するため、病変を見つけるのが難しく実施できる検査も限られている。赤羽医師は「普段から自分でチェックして、しこりが大きくなっていたり、いつまでも改善しない炎症があったりしたら、専門の医療機関を受診することが大切」と話す。

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