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〈西城秀樹 ヒデキ! カンレキ!! 感謝の歴史〉(8) 成長する子ども 「パパ」から「お父さん」へ

(2016年1月27日) 【中日新聞】【朝刊】【その他】 この記事を印刷する
画像イラスト・赤塚千賀子

 ♪4月という月に僕は生まれた 大きな赤ん坊だったそうです 月日は流れいつの間にか 子どもにパパと呼ばれるショックにも慣れました 地球は今も回ってる

 ギタリスト梅垣達志さんの「カタログ」という曲の一節です。僕は生まれたとき、まん丸と太った本当に大きな赤ん坊だったそうです。4月生まれでもあり、歌詞に縁を感じてデビュー直後にカバーしました。

 僕が若いころ、10代の女性ファンたちは「大きな赤ん坊だった」という歌詞に親しみを感じたと思います。40年余りたち、今は「パパ」の部分が僕に重なります。西城家の3人の子どもは、小さなころから僕を「パパ」と呼んできたので、まるで自分のことを歌にしたみたいですね。一つ違うのは、パパと呼ばれるショックは、僕にはなかったことでしょうか。

 昨年9月から10月にかけて開いたソロコンサートでは、最新アルバム「心響(こどう)」に収録していないこの曲を、あえてプログラムに盛り込みました。というのも、最近、子どもたちにうれしい変化があったからです。3人が「お父さん」と呼ぶようになったのです。

 そういう変化を迎える年ごろなんでしょう。呼び方が変わることぐらい、別の家庭ではささいなことなのかもしれません。でも、2度目の脳梗塞を発症したことを「神様から成長期の子どもたちと一緒に過ごす時間を与えられた」と前向きにとらえ、子どもたちの成長を励みにリハビリに取り組んできた僕にとっては、特別な瞬間でした。

 まだまだ小さいと思っていた子どもが大きくなるのは、あっという間。日々成長する姿に「僕もがんばらなくちゃ」と、気持ちを新たにしています。(歌手)

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