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〈要介護者のシェアハウス〉(下) 「わが家」と同じ安心感

(2016年3月24日) 【中日新聞】【朝刊】【その他】 この記事を印刷する
画像長年愛用したそろばんを手に、思い出を話す服部秋子さん(左)=東海地方で

 要介護者7人が暮らす東海地方の「シェアハウス」。午前9時半、訪問した理学療法士の男性(32)が「朝食はちゃんと食べた?」と声を掛けると、2年前から暮らす服部秋子さん(86)が「ここは上げ膳据え膳だからありがたい」と笑顔で応えた。

 服部さんは約40年前に夫を亡くした後、駄菓子屋を切り盛りしながら、息子を大学まで出した。今も、そのときに使っていたそろばんを大事に持っている。

 店は、近所の子供らから「ハットリ」と呼ばれて親しまれ、服部さんは鉄板でお菓子を焼くなどして生計を立てた。そろばんの木枠は削れて丸みを帯び、油が染み込んでいる。「何しろ、昔は店の余りものばかり食べていたからね。必死で働いたんだから」

 寄る年波に勝てず、約3年前に店を畳んだ。その後、半年ほどで原因不明の皮膚疾患を発症し、家族の看病が必要な状況に。在宅で支えるのは難しい状況だったため、見守る人がいるこの「シェアハウス」に入居した。

 当初の予定は1カ月ほどだったが、その後に別の病気も発症したため、入院と「シェアハウス」入居を繰り返した。

 家族の一人は「ここでは昔の大家族みたいに常に誰かがいるので安心。核家族化が進んだ今の時代、自宅で家族がずっと介護を続けるのは難しい」と話す。

 服部さんは入居当初、慣れない生活のためか、出された食事をあまり食べられなかったが、次第にすべて食べられるようになった。「何を食べてもおいしいし、ここにいるとバチが当たるんじゃないかしら」。日中は新聞を読んだり、パズルを解いたりして過ごす。

 「シェアハウス」を運営する坂(ばん)雅子さん(66)は、「自宅と同じように暮らせる場所にしたい」と心を砕く。介護する側の都合で、入居者の生活が制限される現場をいくつも見てきて、「施設での介護に疑問を持っている」からだ。

 施設のルールは、起床と就寝、食事の時間を守り、「他人に迷惑を掛けない」ことだけ。昼間は2時間おきのトイレ介助と歩行訓練のほかは、「普通の生活を送ってもらいたい」と、特に何もしない。

 トイレへ行くにも、歩行器を使って歩いてもらうなど、手助けは最低限にしている。「残っている体の機能を維持してもらいたい」との考えからだ。

 坂さんの夫で、館長の義弘さん(75)が入居者とともに暮らし、部屋に置かれた呼び出しコールのボタンが押されれば、すぐに対応できるようにしている。

 家族はいつでも自由に面会できる。7人の入居者の生活を支えるため、日中は医師や看護師らも訪問するなど、人の出入りは多い。

 「最近、落ち込んでいるようですよ。会いに来てあげて」。入居者の様子はメールや電話でこまめに家族に伝える。毎月の生活費を集める際も、あえて現金を持参するよう求め、顔を出すようにしてもらっている。「入居者がわがままを言って、こちらが怒ったことなども全部話します。家族にきちんとかかわってもらいたいですから」

 入居者から「お母さん」と慕われる坂さん。終末期の人の旅立ちを支援する民間資格「看取(みと)り士」でもある。「ここはお年寄りの下宿屋。ずっとわが家のように暮らしてもらい、皆さんのみとりまで一緒に暮らしたい」(稲田雅文)

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