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安心して産める街に

(2016年7月6日) 【中日新聞】【朝刊】【その他】 この記事を印刷する
画像幼い長男をあやす片桐美穂さん。近くにお産できる病院がないため、県境を越えて浜松市で出産した=愛知県新城市で

 明け方、おなかの張りで目を覚まし、トイレに入った。「ぬるい水が出た」と感じて見ると、便器が赤く染まっていた。

 「破水した」。そう悟った片桐美穂さん(33)は、夫を起こして車に乗った。愛知県新城市の自宅から向かった先は、30キロ近く離れた浜松市内の産科医院だった。

 新城市を含む奥三河の四市町村は、民間団体の日本創成会議が「消滅可能性都市」と分類した過疎地域。市内にはお産ができる医療機関がない。10年前までは市民病院に産婦人科があったが、全国的な医師不足で休診となった。3人目の子どもを妊娠していた片桐さんは、やむなく隣接する浜松市まで通院していた。

 山の合間を抜け、県境を越える1時間弱の道のり。到着から1時間後に無事出産した。安堵(あんど)したのもつかの間、生まれてきた長男には呼吸障害の症状があり、救急車で別の総合病院へ。幸い問題はなかったが、「安心して産める環境かというと、ちょっと・・・」。あれから2年がたつ今も、言葉に詰まる。

 栃木県生まれの片桐さんは東京で仕事をしていたころ、新城市から上京していた夫と知り合って結婚。10歳になる長女は東京で暮らしていたときに産んだ。

 「向こうでは、いくつもある病院の中から自分で選べる。自宅からの距離や規模、先生の評判を比べて判断できた」。2008年に帰郷した夫とともに新城市へ来たが、「ここでの出産は、何かを我慢しないといけない」。

 長男のケースがそうだった。妊娠初期に浜松市の医院で切迫流産や早産の疑いがあると診断され、「トイレで出血に気づいたり、赤ちゃんがおなかの中で動いていないように感じたりすると、心配で先生に診てもらいたくなった」。ただ、通院しようにも長女と次女の育児がある。車を長時間運転する負担も大きい。いつも不安と隣り合わせだった。

 新城市は11年に助産所を設け、妊婦健診を受け入れている。しかし、常駐するのは助産師のみ。出産するには、提携する浜松市の病院へ行く必要がある。市は産科診療所の新設も計画したが、赤字経営を懸念する声などがあり、具体化には至っていない。

 少子化に歯止めをかけたい過疎地域であるにもかかわらず、出産の環境が十分に整わない現実。「他の市で産むのは普通のこと」と受け入れている母親がいる一方で、片桐さんは思う。「東京の友だちを『新城に遊びにおいで』と誘えても、『こっちに住んでみない?』とまでは言いづらい」(榊原崇仁)

■国外、国内では… 

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 経済協力開発機構(OECD)の統計によると、人口1000人当たりの医師数は加盟34カ国平均の2.8人に対し、日本は2.3人。ドイツの4.0人、米国の3.1人、英国の2.8人などに比べて少ない。さらに、国内では地域間格差が広がり、地方や過疎地の医師不足が深刻化している。厚生労働省の2014年調査によると、都道府県別の10万人当たりの医師数は最多の京都が307.9人、最も少ない埼玉は152.8人。中部地方では、愛知202.1人、岐阜202.9人、三重207.3人、長野216.8人、福井240.0人、滋賀211.7人で、福井を除き全国平均の233.6人を下回っている。

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