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やけど治療終え救命医らと再会

(2016年8月25日) 【中日新聞】【朝刊】【岐阜】 この記事を印刷する
画像再会を果たした梅田さん(中央)と間渕医師(左から3人目)ら=中津川市加子母総合事務所で

 中津川市加子母の国道で2年前に起きた車両火災で、重度のやけどで瀕死(ひんし)の重傷を負った下呂市萩原町、梅田東一(とういち)さん(74)が、中津川市の加子母総合事務所で、初期治療した同市民病院のドクターカーの医師らと喜びの再会を果たした。(星野恵一)

 梅田さんは2014年9月14日夕、同市加子母の国道257号で、軽トラックを運転中、いきなり車両から出火。頭や顔面、両腕や胸など上半身を中心に、全身にやけどを負った。

 通報を受け、救命救急医の間渕則文医師(58)らがドクターカーで到着。気道確保などを処置をした後、駆けつけた救急車で梅田さんは岐阜大医学部付属病院へ救急車で運ばれた。

 「救急車で声を掛けてもらったことはうっすら覚えている」と梅田さん。昏睡(こんすい)状態に陥り、病院の集中治療室(ICU)で手当てを受けた。治療のかいあって1カ月後、意識が戻り一命を取り留めた。

 ただ治療、リハビリは大変だった。頭や顔を除き、両脚の太ももの皮膚を移植。腕を上げると、激しい痛みに襲われた。移植した皮膚とそれまでの皮膚が引っ張り合い「皮膚が引き裂けるような激しい痛み」を感じた。

 しかも意識が戻った当初は、呼吸ができるよう気管を切開されていたため、言葉が話せなかった。梅田さんも「しゃべれるようになるとは思っていなかった」という。

 やけどの治療を終え、同年12月、下呂市内の病院に転院した梅田さんは昨年10月から3週間ほど再び、岐大病院に入院。運動機能を取り戻すため、手術を受け、リハビリを続けた。

 間渕医師が「助からないかもしれないと思っていた」と言う梅田さんは、指が満足に動かせず茶わんや箸を持つにも不自由しているが、今は自宅に住み、日常生活を送れるまで回復した。

 再会は「どうしても礼を言いたかった」という梅田さんの希望で実現した。事務所で今月2日、間渕医師らと対面した梅田さんは「病院で目が覚め、間渕先生や救急隊員のおかげで命がつながったと聞いた。せっかく助けてもらった命。大切にします」と笑顔で伝えた。

 間渕医師は「元気な姿に、胸のつかえがとれた。これからも多くの方を助けられるよう努力したい」と回復を喜び、救急隊員も「お会いでき、感動した。仕事にやりがいを感じた」と感激していた。

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