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前向きな人生サポート 高柳義眼院 鈴木敦子さん

医人伝

(2016年9月20日) 【中日新聞】【朝刊】 この記事を印刷する

高柳義眼院(名古屋市北区) 義眼師 鈴木敦子さん(62)

画像父から技術を受け継ぎ、義眼の人を支える鈴木敦子さん

 病気やけがで眼球を摘出した人や、生まれつき眼球がない人らが装着する義眼。30年以上、一人一人に合った義眼を作り続けている。

 依頼者が来ると、最初にするのが世間話をして人となりを感じ取ること。「義眼は、まぶたのカーブや開き具合にも影響する。それによって表情が変わり、動きも出る」。表情のくせやしぐさも見ながら、アクリルなどでどんな義眼を作るのか、イメージを膨らませる。

 まず、左右片方だけで1000種類に及ぶ型の中から、数個を選ぶ。形はおわんのようなものや貝殻に似たものなどさまざまだ。装着してみては、表情に納得できないと何度も入れ替える。

 型を微調整すると、今度は黒目の大きさを調べる。黒目や白目の色は繊細で、天気によっても違って見える。「依頼者は義眼に納得がいかないと、会話の際に相手の目を見ることができない。いかに本人が違和感を感じない目を入れてあげられるか、毎回真剣に考えています」

 義眼の製作に資格や認証制度はなく、作り手も少ない。義眼院を開いた父、高柳剱二(けんじ)さんももともとは歯科技工士。戦後間もなく、戦争で眼球を失った友人のために義眼を作ったのが始まりで、歯科の技術を基本に研究を重ね、技法を編み出した。

 作業に打ち込む父の姿を見て育ち、小さいころから父の道具で遊んだ。初めて製作したのは高校2年のとき。死後、献眼をした人向けだった。剱二さんは「見て覚えろ」という職人かたぎ。見よう見まねで作って「どうですか?」と見せては、修正すべき点を指摘された。

 当時は後を継ぐつもりはなかった。長男を出産したころ、剱二さんが病気がちになり仕事を手伝うように。亡くなった後、「義眼院を閉めよう」とも考えたが、全国から訪れる依頼者のため続ける決断をした。

 小さなわが子が義眼を入れるのに納得がいかない母親や、人間関係に苦労している社会人ら、依頼者は複雑な思いを抱えてやってくる。会話は、義眼作りに必要な内容だけでなく、依頼者の人生そのものにも及ぶ。

 「合わない義眼のために仕事などで不利な目に遭わないよう手を尽くし、義眼を入れた後も前向きに生きていけるようにサポートしています」。一人一人の人生をともに歩むつもりで仕事に臨んでいる。 (稲田雅文)

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