つなごう医療 中日メディカルサイト

福島の津波 悲しみ記録 4人失った一家 映画に 豊橋で来月上映

(2017年1月29日) 【中日新聞】【朝刊】【その他】 この記事を印刷する
画像壊れた自宅の前に立つ上野敬幸さん夫妻と、震災後に生まれた次女倖吏生(さりい)ちゃん=笠井千晶さん提供

 東日本大震災で津波被害に遭った福島県南相馬市の家族に密着したドキュメンタリー映画「Life」が2月25日、愛知県豊橋市の市公会堂で、東海地方では初めて上映される。浜松市在住の映像ディレクターが撮影、制作した。震災から間もなく6年。原発事故に国内外の目が注がれ、顧みられることのなかった福島の津波被害に光を当てた作品だ。(相沢紀衣)

 「(みんな)放射能のことしか言わない。ずーっと置いてけぼりだ、ここは」。映画は冒頭、南相馬市の萱浜地区に住む上野敬幸さん(44)が、壊れた自宅の縁側で、これまでため込んできた気持ちを吐露する場面から始まる。波と風の音が耳に残る。

 萱浜地区は震災で集落の7割が犠牲になった。津波が家も畑もさらい、上野さんの長女永吏可(えりか)ちゃん=当時(8つ)=と長男倖太郎君=同(3つ)、父喜久蔵さん=同(63)=と母順子さん=同(60)=も流された。父と長男は、今も見つかっていない。

 遺体はいたるところに見られたが、東京電力福島第一原発から22キロと30キロ圏内に位置する地区に当初、捜索隊が来ることはなかった。上野さんは妻貴保さん(40)らと、がれきから子と親を捜し続けていた。

画像撮りためたビデオテープを「宝物」と話す笠井千晶さん=浜松市中区で

 映画を撮影した笠井千晶さん(43)は2011年10月、南相馬市をプライベートで訪れた時に上野さんと出会った。「なんでカメラがいるんだ」。震災後、被災者の気持ちを考えない報道陣に怒りを感じていた上野さんは帰ってしまった。「怒りと悲しみの目が、印象に残った」

 再訪した12年2月、津波行方不明者を捜す「福興浜団」のメンバーに話し掛けたのを機に、団代表の上野さんと再会。3月に初めて思いを話してくれた。家族を失い、支援も届かなかった頃の孤独を知り、撮影させてくれないか、初めて依頼した。

 5年間、平日は名古屋のテレビ局で働き、休日に夜行バスで福島に通った。15年2月、300時間に及ぶ映像を作品にしようと決め、まとまった時間をつくるために退社。インターネット上で資金を募るクラウドファンディングで236万円を集め、制作費用に充てた。

 上映会は午後1時から。笠井さんと上野さんらの対談もある。チケット(1000円)収入は全額福興浜団などに寄付する。そのため、豊橋市で上映するための運営資金として1口1万円でスポンサーを募っている。問い合わせは、Life実行委員会=電080(3756)7638=へ。

中日新聞広告局 病医院・薬局の求人