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市民交流 最大の良薬 自宅ホールを開放

(2017年2月21日) 【中日新聞】【夕刊】【その他】 この記事を印刷する

「余命3カ月」宣告 名古屋の弁護士

画像自宅内のホールで、ヨガの仲間たちと談笑する青木仁子さん(中)。「地域の活動に活用してほしい」と話す=名古屋市中村区で

 日本尊厳死協会の副理事長などを務めた弁護士の青木仁子(ひとこ)さん(77)=名古屋市中村区=は、白血球がつくれなくなる病気にかかり、昨年2月に「平均余命は3カ月」と宣告された。闘病の中、趣味の管弦楽の練習などに使ってきた自宅内の多目的ホールを「死後30年、市民活動に無料開放する」ことにした。告知から1年。ホールは、活気あふれる文化活動の場になり、一人暮らしの青木さんに生きる元気を注ぎ込んでいる。 (編集委員・安藤明夫)

 「私ね、歴史の勉強がしたいの。自分が生きてきた時代のことをきちんと整理したくて」

 1月下旬の日曜日、青木さんはヨガの仲間とテーブルを囲み、おしゃべりを楽しんでいた。

 パジャマの上にガウンを羽織った姿。手のしびれなどがあり、妹の田内好子さん(76)や訪問看護師らの介助を受けている。

 市民派の弁護士として活躍する一方、ビオラ演奏が趣味の青木さん。1980年に自宅を建てた際、自身が所属する弁護士らの管弦楽団の練習場所に、と1階の半分以上をホールにした。53平方メートル。椅子を並べれば60人ほどが入れる。尊厳死協会東海支部の会議などにも活用してきた。

 ところが、一昨年夏ごろに肺炎のような症状が現れ、造血幹細胞が白血球をつくれなくなるタイプの「骨髄異形成症候群」だと後に診断された。昨年2月に高熱を出して入院。白血球の数値は通常の3分の1以下になり、主治医から余命を告知された。

 青木さんは「尊厳死の活動をしてきたせいか、死が近いことはすんなり受け入れました。ただ、気になったのがホールのこと。廃屋にしたくなかった」。入院中に、「ホールの運営・管理を担う法人に30年間の必要費用を遺贈する」という遺言状を作った。

 協力を求められた仲間の弁護士らが、一般財団法人「青木記念ホール」を急ピッチで設立。青木さんの所属する「なかむら公園前法律事務所」(同区)が使用希望団体の申請を受け、財団の理事会が認可、運営委員会が実務を担う仕組みもできた。「使いやすいように」と使用料は無料。昨年5月、開放を始めた。

 青木さんは同4月に退院した後、同ホールでのさまざまな催しを企画。近隣の老人会の会合、玄米食を中心とした食を考える会、万葉集などの古典に親しむ会、緩和ケアを学ぶ会…。運営は仲間に任せ、自身もできるだけ参加している。開放後にホールを利用した人は、500人を超える。

 青木さんは今月初めから半月間、再び入院するなど体調は予断を許さないが、活動意欲は旺盛だ。「私たち市民が、今こそ憲法の勉強をしなくちゃと思うし、いろいろ欲が出てきました」と笑う。

 間近で見てきた好子さんは「いつも、人のために何ができるかを考える人。体は不自由でも幸せな毎日だと思います」と語った。

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