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民間病院の経営を研究 日本福祉大大学院 中島明彦さん

医人伝

(2017年2月28日) 【中日新聞】【朝刊】 この記事を印刷する

日本福祉大大学院(名古屋市中区) 医療・福祉マネジメント研究科教授 中島明彦さん(70)

画像現場感覚のある研究の大切さを語る中島明彦さん

 病院経営の実務から、50代で大学人に。3月末の定年を前に、研究の集大成として「医療供給政策の政策過程」(同友館)を出版した。

 供給政策とは、国民が良質な医療サービスを平等に受けるための基盤整備。1985年の医療法改正で導入された地域医療計画による病床規制(都道府県が地域ごとの病床数を決め、病院に振り分ける制度)の功罪や、その後の政策の変遷などを分析した。政治状況や経営学、行政学などの視点も取り入れ、資料の分析に8年をかけた。

 著書の土台になった視点は、民間病院の事務長や理事を務めていた時代に思い悩んでいたこと。「中小の民間病院が生き残るために、どんな政策が必要か、いつも考えていました」

 長野県飯田市の出身。名古屋大経済学部を卒業して銀行に3年勤めた後、同郷の先輩だった医師・太田和宏さん(後に医療法人新生会理事長)から「今までにない新しい病院を造るから手伝ってほしい」と誘われ、72年に医療福祉の世界に。透析で知られる新生会第一病院(名古屋市瑞穂区)や、急性期・救急、がん医療を担う名古屋記念病院(同市天白区)などの設立、経営にかかわった。

 しかし、85年に誕生した名古屋記念病院は「外来より入院機能を」の理念が国策を先取りしすぎて、長く赤字続き。ただ、院内勉強会が盛んで、職員が経営を学ぶ意欲を持っていた。中島さんも法律などを勉強するうちに、蓄積を研究に生かしたいと考えるようになった。

 母校の法学部や大学院などで政治学、行政学、会計学などを学んだ。病院経営が安定し、後継者も育ち、53歳で栃木県の国際医療福祉大教授に。太田さんは笑顔で送り出してくれたという。現在は、日本福祉大大学院で、管理職の看護師ら社会人院生たちに医療経営、組織論などを指導している。定年後も客員教授として講義やゼミを続けるという。

 「中小病院でも職員数が500人を超えるところは多い。理事長や事務長だけが経営を考えても間に合わない。私自身は経営者としては失格だったけれど、研究や教育を通じて民間病院に少しは役立てたかな」と笑う。

 若いころの趣味だったマラソンは卒業したが、ウオーキングで体力を維持し、スキー、スキューバダイビングも続けている。(編集委員・安藤明夫)

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