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〈いのちの響き〉先生がくれた筆と情熱

(2017年3月2日) 【中日新聞】【朝刊】【その他】 この記事を印刷する
画像右足で筆を操り、空想の景色を描く中出修一さん=石川県小松市の障害福祉サービスセンター「ひかり」で

 2月下旬、石川県小松市にある障害福祉サービスセンター「ひかり」。脳性まひの中出(なかで)修一さん(57)=同市=が右足の指に絵筆をはさみ、四つ切り画用紙に黙々と筆を走らせる。

 この日手掛けたのは、1カ月後の展覧会に出展する風景画。ピンク色の花や、だいだい色の葉をつけた木など、色鮮やかな風景の中に神様をまつる小さなほこらを描き込んだ。使う絵の具の色は自分で決める。職員にパレットに出してもらい、複数の絵の具を自分で混ぜて新たな色を生み出している。

 ひかりの社会福祉士、小西和浩さん(42)は「自分が見聞きしたものに、空想を交えた世界を描いている。思いもよらない構図や色使いに刺激を受けますね」。制作中に「何描いとるんけ?」とのぞく人がいたり、新たに施設に入った人に似顔絵を贈ったり。言葉だけによらない交流が生まれる。

 修一さんが絵を描き始めたのは8歳の時。障害児入所施設内にある小学校の分校での出会いがきっかけだった。美大を出たばかりの若手教師だった尾坂正康さん(74)が、言葉による意思疎通が難しい修一さんに、絵を描かせたいと考えたのだ。

 車のタイヤチューブを幅3センチ、長さ20センチほどに切り、右足の親指と2番目の指の間に鉛筆をはさみ、チューブで巻いて固定。マット代わりに敷いた段ボール上であおむけになり、鉛筆を動かす。この姿勢では、置いた紙に何が描けたのか自分では見えないが、修一さんは笑顔を見せた。

 描くには体力も必要だ。絵の練習と並行して、起き上がる訓練も始めた。壁を背にして座り、5キロの砂袋を一袋ずつ両ももに置き、20分我慢。最初は痛くて大泣きしていたが、1日2、3回の訓練を3カ月ほど続け、あぐらで座れるようになった。職員につかまって歩く練習も。手を離すと何度も転び、泣きながら起き上がった。

 障害児教育に、教員生活の大半をささげた尾坂さん。「中出君は、自分の気持ちを作品にできる。この世界で人間らしく生きていける証し」と話す。

 2011年3月に小松市で開催した初個展には、1週間で770人以上が訪れた。以来、県内外の学校や施設などで、書を実演したり、作品を展示したりしている。

 生活の拠点も今は自宅だ。20歳で養護学校(当時)高等部を卒業後、タクシー運転手をしていた父繁男さん(81)の定年退職を控え、1997年に施設を退所。「ひかり」に週4日通いながら、再び家族3人水入らずの生活を続ける。

 居間の座椅子が定位置。大好きなプロ野球阪神タイガースの試合を見たり、テレビゲームをしたりして過ごす。足でCDデッキを操作し、演歌歌手氷川きよしさんの歌声に耳を傾ける。

 トイレに行く時や、喉が渇いた時は、足で呼び鈴を鳴らし、母の嘉寿子さん(79)を呼ぶ。身ぶりや、手書きの文字盤を足の指で指し示すことで、意思疎通を図っている。

 自宅に帰って20年。2年ほど前から手足にしびれを感じるようになっていた繁男さんは昨年、首の骨の手術を受け、歩くのにつえが欠かせない。老いに伴う体の衰えが隠せないが、「(私たちに何かあっても)その時はその時」と達観した様子。「もっと絵を描いて、たくさんの人に見てもらいたい」と、作品がもたらす出会いを喜ぶ修一さんを支えていくつもりだ。(白井春菜)

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