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小児科で闘病の2人 名大医学部へ 患者の思い、分かる医師に

(2017年4月4日) 【中日新聞】【朝刊】 この記事を印刷する

 名古屋大病院の小児科病棟で闘病生活を送ったことをきっかけに医療の道を志し、同大医学部に合格した板倉京平さん(19)=三重県四日市市堀木1=と、孫思佳(そんしか)さん(20)=名古屋市中区金山1。「お世話になった恩返しをしたい」。本紙の取材に、自らを支えてくれた家族や主治医らへの感謝の気持ちを語った。その言葉から「逆境をバネにする心構え」を学んでみたい。(安藤明夫、稲田雅文)

「忍耐」で頑張る

板倉京平さん板倉京平さん

 板倉さんは1年浪人して念願を果たした。病気を経て成長できた点として、「忍耐力」を挙げる。

 その浪人時代、疲れて休みたくなるときもあったが「名大医学部に合格するまでやろうと決めていた。理由が明確だったから頑張れました」ときっぱり言う。

 平日は予備校の講義の後、夜まで自習室に。休みの日も朝から晩まで自習室にこもった。その忍耐力の原点が、闘病体験だった。

 小学校4年の2月に名大付属病院に入院。待っていたのは「絶食」だった。悪性リンパ腫で、腸管の周囲にできた腫瘍を小さくするための投薬治療で、腸管が破裂する恐れがあったためだ。何も食べられず、点滴だけで2カ月を過ごした。「本当につらかった」。

 手術後は抗がん剤の副作用で、吐き気やだるさに苦しみ、寝たきりに近い生活に。薬を飲み込めず、やっと飲んだと思ったら吐いてしまいやり直し。そんな7カ月間の入院中、ずっと付き添ってくれた母知恵美さん(47)に思いを寄せ、「患者だけでなく、家族も支えられる医者になりたい」と考えるようになった。

 また、薬を飲めるまで辛抱強く待ってくれた看護師、同室の子と仲良くなれるように橋渡ししてくれたチャイルド・ライフ・スペシャリストの佐々木美和さん(34)らに感謝の気持ちを抱き、「この病棟にかかわる仕事をしたい」と思った。

「感謝」を忘れず

孫思佳(そんしか)さん孫思佳(そんしか)さん

 一方、孫さんは「感謝の気持ちを持てるようになったことが成長だと思う」と話す。中学1年の時に血小板が減っていく病気で1カ月間入院。薬の副作用で顔がむくみ、体重が10キロ増えたが、登校したとき、これまでと同じように接してくれた級友たち、通院の配慮をしてくれた学校に心から感謝しているという。

 そして、入院中に自宅と病院を行き来して、支えてくれた母、顧鴻君(ここうくん)さん(61)、医師の仕事のすばらしさを教えてくれた主治医で名大名誉教授の小島勢二さん(66)にとりわけ感謝の思いが強い。名大医学部を目指したのは、自宅から近いことに加え、小島さんの出身校だったから。最初は「手の届かないような目標」だったが、2年間の浪人を経て夢を実現させた。

 闘病を体験した子たちが、医師、看護師など医療の道を志すことは多い。

 昭和大病院(東京都品川区)で院内学級を担当する副島賢和准教授(50)は▽将来像のモデルとして、医療関係者が身近であること▽自身も病気を勉強する中で、医学に関心を持つことが多い−などの要因を挙げるとともに「医療スタッフにお世話になった恩返しをしたい、一緒に闘病した友達の役に立ちたいといった思いから頑張る子もよくいる」という。板倉さん、孫さんについては「学校で病気を理由に疎外されたりすることもなく、早い時期に目標を定めて頑張れたのだと思う。患者の気持ちをくみ取れる医師になってくれると思う」とエールを送る。

 2人の主治医だった小島さんが理事長を務める名古屋小児がん基金は、6月11日午後1時半から、名古屋大医学部研究棟地下会議室で、設立1周年記念イベントを開き、板倉さん、孫さんに闘病体験者の思いを語ってもらう予定。要予約。(問)同基金事務局=電052(744)2308

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