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「人を診る」眼科医60年 東区 87歳 惜しまれ引退へ

(2017年4月26日) 【中日新聞】【夕刊】【その他】 この記事を印刷する
画像「ありがとうパーティー」で、通院していたお年寄りと談笑する眼科医の小池勉さん(左)=名古屋市東区で

 60年近く、眼科の開業医として地域住民に寄り添ってきた名古屋市東区の小池勉さん(87)が28日、高齢のため同区の医院を閉じる。「病気ではなく人を診る」を信念に、患者に向き合ってきた。「わが町のお医者さん」の勇退を惜しむ声が、上がっている。(戸川祐馬)

 「先生、ありがとう」。今月14日。医院の待合室に、患者などとして世話になった女性5人がケーキを持ち寄り、ささやかなパーティーを開いた。「50年前の美人の横に座れてうれしいよ」。小池さんがちゃめっ気たっぷりに言うと、その場が笑いに包まれた。

 小池さんは岐阜大医学部を卒業後、付属病院に3年間勤め、1958(昭和33)年、名古屋市中村区で開業。守山市(現同市守山区)に移り、68年からは現在地に医院を構える。

 目がチカチカする、頭が痛い−。小池さんのもとには、例えばこんな症状を訴える患者がやって来る。検査はもちろん、問診に時間を割く。「目の病気は、生活を背負ってくる。全身を診ないと分からない」。患者の生活習慣、仕事内容、その時の姿勢まで聞き取り、原因を突き止める。

 開業当時、地元では眼科の開業医は珍しく、東、守山両区の小中学校、高校の計14校と幼稚園の眼科校医を任せられた。昭和40年代には「プール熱」が流行し、結膜炎になった患者の列が医院の外までできたこともあるという。

 「体が動くうちは続ける」と思っていたが、80歳を過ぎて腸閉塞(へいそく)になり、1カ月間休診。診察日を週4日から3日に減らした。それでも、1年ほど前から物忘れが出るなど老いを自覚するように。「辞めたくないけど、年齢には勝てん」。現役引退を決めた。

 祖母、母と親子三代のかかりつけ医になってもらった近くの依田佳子さん(59)は「体全体のことを考え、目を診てくれた。こんな先生はいない」と残念がる。

 小池さんは閉院後、同じ場所に長男が内科を開業する予定。しばらくゆっくり休むつもりだが「息子の医院を手伝えるように、ぼけないようにする」と笑う。

 「地域のために働かせていただきます」。東区で開業時に、地域住民にあいさつした言葉だ。「当時は偉そうなことを言ったかもしれんが、ま、これで良かったんじゃないかと思う」。穏やかな気持ちで残りの診察に当たる。

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