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脱薬物 あなたもできる ダルクで支援活動 評価され恩赦

(2017年5月11日) 【中日新聞】【朝刊】【その他】 この記事を印刷する

LGBT 津の49歳

画像施設の利用者と話す杉村康弘さん=津市の三重ダルクで

 発達障害とLGBT(性的少数者)の生きづらさから覚醒剤に手を出し、逮捕と服役を繰り返した津市の杉村康弘さん(49)はNPO法人「三重ダルク」職員として、薬物依存症患者の社会復帰に尽力している。献身的な働きぶりが評価され、法務省から「恩赦」(復権)が認められた。更生して、国から「再犯のおそれなし」とお墨付きを得た形だ。杉村さんは薬物依存に苦しむ人たちに「必ず応援してくれる人がいる。あきらめないで」とメッセージを贈る。(三重総局・鈴鹿雄大)

 体は男性として生まれ、女性の心も持つ杉村さん。悩む声に昼夜を問わず耳を傾け、飛び込みで訪れる人の相談に乗る。「話したいと思った時、そばに人がいた方がいい。自分もそうでしたから」

 山口県出身。東京都内の大学を卒業後、パチンコ部品メーカーに勤めたが、人と話すのが苦手で失敗を極端におそれた。発注ミスをきっかけに、思い詰めて退職。対人関係に悩み、33歳で初めて覚醒剤に手を出した。「女装願望はあったが、当時はLGBTの存在を知らず、後ろめたい気持ちがあった。覚醒剤を使うと、堂々と女装ができて、本当の自分になれた」

 覚せい剤取締法違反容疑などで計3回、逮捕された。使用を続けると、最初の高揚感はなくなって被害妄想が強くなり、2005年に懲役2年の判決を受けて2度目の服役をした。

 「このままじゃ、だめだ。人生をやり直したい」。仮釈放後の09年ごろに「磐梯ダルク」(福島県)へ。11年12月から三重ダルクで働き始めた。

 発達障害の影響で生きづらさから覚醒剤に手を染める例があると知り「自分もそうだ」と感じた。診断を受けて発達障害と分かり「だから人間関係が苦しかった」と納得した。

 同じ境遇の人たちの支えになりたいと思うようになった。ダルクの仕事の合間に、通常2年の大学通信課程を5年かけて修了。昨年、精神保健福祉士の資格を取得し、専門知識に基づいて患者に助言できるようになった。

 恩赦が認められたのは今年2月。法務省によると、再犯率の高い薬物犯罪では珍しく、全国70余のダルクでも薬物関係の恩赦は2例目。杉村さんの場合は実生活に大きな変化はなく「名誉回復」の意味合いが強いが、三重ダルクの市川岳仁代表(46)は「失敗しても、努力すれば人生を取り戻せると証明してくれた」と話す。

 「薬物依存に苦しむ人たちが前向きになるきっかけになってくれたら」と杉村さん。「社会になじめない苦しさから薬物に手を出す人がいる。薬物使用をなくすには、背景の問題を社会で考える必要がある」と話す。

 恩赦 刑を軽くしたり、有罪判決で停止した権利などを回復させたりする制度。昭和天皇崩御などに伴う大赦のほか、特赦、減刑、刑の執行の免除、復権の5種類がある。復権は主に、法務省の中央更生保護審査会が申請者の再犯のおそれなどを審査し、認められれば国家試験の受験資格などの権利が回復する。復権を受けなくても、権利や資格は時間の経過で回復する。2011〜15年の恩赦は計188人。15年は40人で、刑の執行の免除が6人、復権が34人。

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