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西山美香受刑者の手紙(上)無実の訴え12年 

(2017年5月14日) 【中日新聞】【朝刊】【その他】 この記事を印刷する
手紙には無実の訴えが繰り返される(一部画像処理、アンダーラインは家族による)

自白を唯一の証拠に、有罪とされる事件は数多い。逮捕後二十日余の取り調べでの自白を裁判で否認しても、無罪になる例はむしろ少ない。
 では、ここにある無実の訴えを獄中から十二年間書き続けてきた三百五十余通の手紙を、どうとらえるべきか。もはや一顧だに値しないのか。そんなはずはない。

 「再審しんどくて…。でも殺人なんかしてへんし…でも刑務所から出れへんし…くやしくてたまらん」(二〇一六年六月)
 元看護助手西山美香受刑者(37)=滋賀県彦根市出身、殺人罪で和歌山刑務所に服役、再審請求中=が両親につづった無実の訴えは、刑の満了を八月に迎える今も続く。
 事件は〇三年、植物状態の男性(72)が病院で死亡。警察は、異常を知らせる人工呼吸器のアラーム音を聞き逃した看護師らの業務上過失致死事件とみたが、当夜の院内で「アラームを聞いた」との証言は得られなかった。

◆彼女だけが別証言

だが一年後、彼女だけが「アラームは鳴った」と言い出した。県警本部から加わった三十代(当時)のA刑事による取り調べだった。
 「鳴っていたはずやと言われ、うそをついてしまいました」(〇六年四月)
 怒鳴られ、怖くなったから、という。実際、A刑事は別の事件の取り調べで無実の男性の胸ぐらをつかんで蹴り、懲戒処分を受けたこわもてだったが、優しい顔も巧みに使い分ける取調官だった。
 「そしたら急に優しくなって、A刑事のプライベートなこととかいろいろ聞いて私のことを信用していろんな話も聞いてくれてすごくうれしかった」(同)

 低学力だった彼女には、難関大学卒の兄二人に対し「自分はだめな人間」という劣等感と、人間関係が苦手で「友だちができない」という深い孤独感があった。
 「A刑事に好意をもち きにいってもらおうと必死でした」(〇七年五月)
 だが、うそのせいで、日ごろ親身になってくれた看護師の取り調べが厳しくなると、彼女は気が動転した。署に通って取り消しを求めたが相手にされず、とうとう「私が人工呼吸器の管を抜いた」と警察すら予想しなかったことを口走った。
 獄中手記にはこう書く。
 「○○看護師のことを母子家庭ということ、責任が重大だからといって夜おそくまで調べられていると聞かされ、かわいそうになってしまい/私の責任にすれば○○さんはたすかると思い…」
 “自発的な”供述を信じた警察は〇四年、彼女を殺人容疑で逮捕、資格が不要な看護助手の待遇への不満から病院を困らせようとした犯行、と発表した。
 「病院に対する不満もきかれたので言ったら/Aにかってにストーリーを作られ/ころそうなどとは思ってないのにと思ったが、いつも以上にAが私に対してやさしかったので、ついほろほろとなり」(獄中手記)

◆刑事に特別な感情

裁判では、警察も否定できない事実が次々に明らかにされた。彼女が取り調べ中にA刑事の手に手を重ねた。刑務所に移送される直前に抱きつき「離れたくない。もっと一緒にいたい」と訴えた。A刑事も拒まず、「頑張れよ」と肩をたたいた。A刑事の求めで、検察官あてに「もし罪状認否で否認してもそれは本当の私の気持ちではありません」という上申書を書いた。
 二転三転を繰り返す供述調書は三十八通、「書かされた」上申書、自供書、手記は五十六通。だが、一審で有罪、控訴、上告とも棄却され懲役十二年の実刑が確定した。自ら「殺しました」とうそをつくはずがない、という常識からだ。だが、それは本当に彼女に当てはまる“常識”だったのか。中学時代の恩師から気になることを聞いた。

 当時教頭だった吉原英樹さん(73)は「思っていることをうまく言えない。今なら発達障害の傾向を疑うかもしれない。知的な面での不安も感じていた」。生徒指導だった伊藤正一さん(69)は「人と接するのが苦手で、いつも一人でいた。やっていないのに認めてしまうことはあると思った」と話した。
 「私は○○さんを殺ろしていません」
 手紙に繰り返し出てくる、送り仮名の「ろ」が余る彼女特有の訴えが、目をくぎ付けにする。

 発達や知的障害に対する司法の無理解が問題視されている。苦手な受け答えでの誤解がもとで、実際に冤罪(えんざい)事件も起きている。西山受刑者の捜査・裁判でも障害の可能性は一切検討されなかった。事件を再検証する。(次回は21日)=大津支局 角雄記

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