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〈味な提言〉(1) 岩手のそば料理 命つないだ「しとねもの」

(2017年6月4日) 【中日新聞】【朝刊】【愛知】 この記事を印刷する

フリー編集者 木村信夫さん

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 「食」の背後には地域の自然と農業があり、家族のためにと算段する主婦の仕事があり、家族の絆があり、人々の助け合いがある。私も編集に関わった「日本の食生活全集」(都道府県別編集・全50巻 農文協刊)のなかから、そんな伝統的な、地域的な食のしくみと技をお届けしたい。今回は、「聞き書(がき) 岩手の食事」にみる「そば」の話。

 岩手県の「そば」といえば、「わんこそば」を思い浮かべる人が多いが、人びとが育んだ「そば食文化」は途方もなく広く深い。わんこそばは、今、私たちが普通に食べるそばと同じ「そば切り」だが、粉を練って薄く延ばして細く切るので、手間がかかる。農家にとっては庭仕舞いや年越しなどの晴れ食で、このときばかりは、つなぎに卵を入れたり、山鳥や雉(きじ)の麺つゆにしたりのごちそうで祝った。ぜいたくご法度の時代の名残から、「そばはっとう」とも呼ばれる。

 これに対し、忙しいときにつくる最も簡単な料理が、そば粉を熱湯で溶いて練り、大根おろし汁やねぎ味噌(みそ)などで食べる「そばねり」。残りご飯(ヒエ・アワの二穀飯など)を熱い粥(かゆ)状にして、粉を入れて練ることもある。そして、日常食「そばねり」と晴れ食「そばはっとう」の間には、じつに多彩なそば利用がある。

画像そばのしとねもの。日常食「そばかっけ」(左)と晴れ食「そば切り」=「岩手の食事」から(千葉寛さん撮影)

 先の「聞き書 岩手の食事」にある「県北の食」を見ると、そばねり(粥)系として「かぶけえもち」「くらっこかっけ」、すいとん系として「そばかっけ」「柳ばっとう」「小豆はっとう」、焼き餅系として「串もち」「きらずもち」「けえばもち(かま焼き)」、などがある。同書では次のような記述がある。

 《おなかをすかして帰る子どもたちのために、けえばもちをつくることもある。これは、そば粉などに塩を少し加えて皮とし、中に味噌と黒砂糖を練ったあんを入れてとじ、かしわの葉で巻く。これをいろりの灰の中で焼いて食べる。…そば粉でつくったものは冷めると固くなりやすいので、ほどよいぬくだまり(温かさ)の灰に埋めて子どもたちの帰りを待つ。》

 粉に水か湯を加えてこねることを「しとねる」、こうしてできる粉食料理を「しとねもの」という。岩手県北では、小麦粉のしとねものも、そば粉と同様に、日常食「ひっつみ」から晴れ食の「小麦はっとう」まで非常に数多い。これが、県の中央部になると、そば利用は減り、小麦粉とともに米粉の多彩なしとねものになる。南部に行くと、小麦粉・米粉のしとねものに、見事な餅料理が重なる。

 このような「しとねもの」こそ、日本全国で長いあいだ人びとのいのちをつないだ重要な主食だった。それだけに、主婦たちは、手持ちの米麦・雑穀を、家族が1年食べ続けられるように、ときには神仏と饗食(きょうしょく)し、食卓に楽しみを与えるようにと願い、知恵と技を働かせたのである。

 きむら・のぶお 1946年、長野県茅野市生まれ。北海道大農学部卒。(社)農山漁村文化協会に就職し、農業高校教科書、「日本の食生活全集」、月刊誌「現代農業」(編集長)などの企画・編集にあたる。その後フリー編集者に。農林水産省食育推進計画「食育と健康のつどい」の現地企画調査担当、同計画「教育ファーム推進事業」マニュアル作成部会委員などを務める。著書に「和食を伝え継ぐとはどういうことか−地域がそだてた食のしくみと技に学ぶ」(農文協)。

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