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〈生活部記者の両親ダブル介護〉(18) 「認老介護」

(2017年6月7日) 【中日新聞】【朝刊】【その他】 この記事を印刷する

ののしり合った夫婦が今は

画像皮肉なものです。家で一緒にいた時は、こういうシーンは見たことがありませんでした

 気が付けば、再び家族がそろうまでに半年近くたってしまった。とある週末、弟(45)と共に父(80)を施設から連れ出す。相変わらず父は車中でも「甘いものはないのか」と問う。「お母さんの所でね」となだめる。

 冬はインフルエンザ対策で外出禁止。暖かくなっても父の微熱が続いた。熱は引いても、われら兄弟の都合が合わなかった。私は持病のパーキンソン病の療養のため、弟は子どもの野球クラブの試合や練習で、週末のどちらかを費やしている。

 認知症もずいぶん進んだが、母(81)は父の顔を忘れない。顔をくしゃくしゃにして父の手を取る。父「ちゃんと食べとるんか」。母「今度どこ遊び行く?」。やりとりはちぐはぐだが、いいシーンだ。人生の終盤に至って、お互いをいとしく思えるようになったなら何よりだ。

 互いにののしり合っていた3、4年前を思い出す。わが家は足腰のなえた父を母が世話する「老老介護」に陥っていた。今から思えば、母には既に認知症の兆しもあったから「認老介護」と言うべきか。父は世話をされる情けなさの裏返しで、母への言葉を荒らげた。

 父におむつをはかせようとする母。だが、説明書きを理解できず、おむつの前後ろも怪しい。「ちゃんとやれ! 役立たず!」。父の罵声に母も耐えられない。「毎日毎日…もう嫌! 鹿児島へ帰る!」。なだめようとすると「耕喜は知らん。一緒に住んどらんから何も知らん!」。私にも怒りの目を向ける。

 そんな夫婦の確執を前回紹介した「介護民俗学」の手法で収めたこともあったのだが、稿が尽きた。次回へと続く。(三浦耕喜)

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