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移植の心臓 走る 高鳴る 広島の小2 世界大会に出場

(2017年6月19日) 【中日新聞】【夕刊】【その他】 この記事を印刷する
画像公園で元気よく駆け出す菊地咲帆さん。左は母由利子さん=広島県廿日市市で

 重い心臓病のため2歳の時に米国で心臓移植を受けた広島県廿日市(はつかいち)市の小学2年菊地咲帆(さほ)さん(7つ)が、スペインで25日から開かれる「第21回世界移植者スポーツ大会」に初めて出場する。一時は「5歳まで生きられないかもしれない」と告げられた命。多くの人に支えられて成長した体で、異国の地を元気いっぱいに駆ける。

 大会は2年に1回開催。臓器移植を受けた人や臓器提供者(ドナー)、脳死移植のドナーの家族たちが世界から集まり、スポーツを通して交流したりドナーへの感謝の念を共有したりする。今回は25日から7日間、スペイン南部の都市マラガである。咲帆さんは日本人選手10人のうち最年少。50メートル走や走り幅跳びなど4種目に出る。

 咲帆さんは2012年春、心室の壁が硬くなって大きくならない難病「拘束型心筋症」と分かった。助かる道は心臓移植だけ。国内で受けられる可能性は低く、両親は渡航移植を決意。募金を呼び掛けたところ、目標の約1億4千万円を超す善意が寄せられた。渡米後の同年秋、脳死による同年代のドナーが現れ、移植は成功した。

 術後の経過は良好。今は地元小学校の特別支援学級に在籍し、定期検査のための通院を続けている。主治医の土谷総合病院(広島市中区)の田原昌博小児科部長(46)は「拒絶反応のリスクが高い『術後3年』を過ぎ、運動も普通にこなせる体力が付いて感慨深い。思い切り楽しんできてほしい」とエールを送る。

 ただ、咲帆さんは生涯、免疫抑制剤を飲み続ける必要がある。感染症が流行すると集団生活を避けるなど、さまざまな配慮も欠かせない。母由利子さん(44)は「娘はまだ移植の意味は理解できないが、みんなとは違う自分を感じ始めた」と話す。

 じきにドナーやその家族の存在を知り、自分の命の重みをどう受け止めたらいいか悩むかもしれない。「体験を分かち合える人が世界にいることを娘が知り、将来の心の支えにつながれば」と願う。

 咲帆さんは23日に両親と広島をたつ。「頑張って走って、みんなと友達になる」と心待ちにしている。

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