つなごう医療 中日メディカルサイト

闘病2年余 勇気伝え 小林麻央さん死去 34歳

(2017年6月24日) 【中日新聞】【朝刊】【その他】 この記事を印刷する
小林麻央さんの歩み

 乳がんのため34歳の若さで亡くなったフリーアナウンサーの小林麻央さんは、病魔と闘いながら、笑顔と家族への愛情で満ちたブログで多くの人を励まし続けてきた。夫で歌舞伎俳優の市川海老蔵さんは、強く優しかった最愛の妻を涙ながらに誇り、共演者やブログの読者らは、輝き続けた女性の歩みをたたえた。

 麻央さんは梨園(りえん)の妻となり、子宝にも恵まれ、まさに幸せの絶頂期に乳がんが発覚。「力強く人生を歩んだ女性でありたい」と始めた闘病ブログは多くの人に感動を与えた。

 麻央さんの名が広く知られるきっかけになったのは上智大在学中に出演した、明石家さんまさん司会のバラエティー番組「恋のから騒ぎ」だった。たちまち人気者となった麻央さんは出演者席の最前列で、さんまさんのギャグや突っ込みに笑顔で応えていた。

 2003年から情報番組「めざましどようび」のお天気キャスターに就任。当時番組で共演していた作家の江上剛さんは「芸能人芸能人した女性でなく、気遣いのできる、本当にピュアという言葉がぴったりな女の子でした」と振り返る。

 その後、報道番組「NEWS ZERO」でキャスターとして活躍。同番組での対談を機に海老蔵さんと交際し、10年に結婚。翌11年に長女麗禾(れいか)ちゃん、13年に長男勸玄(かんげん)ちゃんが誕生した。だが順調そのものだった人生を病魔が襲う。14年に乳がんと診断され、入退院を繰り返しながら闘病を続けた。

 そんな中、「KOKORO.」と名付けたブログを昨年9月にスタート。日々の病状や家族への愛、生きる喜びなどを率直な言葉で紡ぎ、「勇気をもらった」「負けないで」といったコメントが数多く寄せられた。

 尾木ママこと教育評論家尾木直樹さんもブログの熱心な読者の一人だった。「がん患者の方にもそうでない方にも今を懸命に生き抜こうという力強さ、周囲への感謝の気持ちが伝わり、麻央さんが輝いてみえた」と尾木さん。「彼女の生き方をそれぞれが自分の中に引き継ぐことが大切では。バトンを受けたランナーのように」と訴える。

発病11人に1人 乳がん 40〜50代最多

 小林麻央さんの命を奪った乳がんは、日本人女性の11人に1人が生涯にかかるとされる。がん検診での発見率は比較的高いが、国内の検診受診率は35%程度にとどまっており、欧米に比べて低い。医療関係者は乳がんへの関心を高め、適切に受診することを呼び掛けている。

 乳がん患者は30代後半から増え始め、40〜50代が最も多い。自治体によって条件は異なるが、主に40歳以上の検診には補助制度があり、無料や低価格で受診できることが多い。

 しかし、愛知県がんセンター中央病院乳腺科部の沢木正孝医長は「40代は仕事も家庭も働き盛りで自分の体は後回しになりがち」と指摘する。「早期発見し、適切な治療をすれば予後は良い。生理が終わって1週間くらいの入浴時などにチェックすると、しこりの有無が分かりやすい。そうした習慣をつけることが重要」と求める。

 自身も乳がんにかかった名古屋市内の30代後半の看護師は昨春、右胸のしこりに気付き、精密検査でがんが判明。既に右乳房全体に広がっており、手術で全摘出した。胸の大きな傷を見ると、今でもつらい。「早く見つけて治療すれば元気に過ごせる。検診を受け、しこりや分泌物など気になる症状があれば、専門医のいる近くの病院に気軽に行ってほしい」と呼び掛ける。

 一方、若い世代にも罹患(りかん)の不安が広がっているとみられるが、赤羽乳腺クリニック(名古屋市千種区)の赤羽和久院長は「35歳未満の患者は全体の3%弱で、過度に心配する必要はない」と話していた。

中部の乳がん患者ら 「病状悪化、見るのつらく」

 小林麻央さんが亡くなる2日前までつづってきた闘病ブログ。同じ乳がんと向き合う中部の女性たちは、希望だけではなく、直視しがたい現実も受け止めながら見つめてきた。

 乳がんの闘病生活を続ける名古屋市緑区の大学職員加藤那津さん(38)は、麻央さんと同じステージ4。2015年に若いがん患者ら向けの集いの場「くまの間」を立ち上げ、市内を中心に活動している。

 最近はブログを見ていなかった。「最初は元気になってほしいと希望もあった。厳しい状況だと知り、不安が募ってつらくなった」と打ち明ける。同世代の知人も今月にがんで他界。「ショックは大きい。治療を頑張る意味はあるのかと落ち込んでしまう」と戸惑いを隠せない様子で話した。

 同市守山区の医療事務職彦田加奈子さん(47)は、「運動会に行きたい」などとつづられた麻央さんのブログに涙が止まらなかった。自身も3児の母。「子どもを置いていなくなるかもしれない。その不安が重なって、心の中で応援してきた」と話す。

 自らが主宰する患者と医療関係者の交流の場「シャチホコ記念がん哲学外来メディカル・カフェ」では、よく麻央さんのことが話題に。ブログは笑顔であふれていたが「苦しさが続く一日の中できっとほんの一時の姿だったはず」と、彼女の気遣いを思った。22日夜もブログをのぞいた彦田さんは「また数日後に笑顔を見せてくれると信じていたのに。悲しくて泣きそう」。

 愛知県内の乳がん経験者らでつくる「あけぼの愛知」代表の金岡益代さん(61)=同県犬山市=も、幼い子ども2人を抱えた29歳の時に発病。「子どものために生きなきゃ」と一年一年を重ねてきた。

 麻央さんのブログを見ては「体調が心配で、早く元気になってほしい」と願ってきた。仲のいい夫婦のやりとりに温かい気持ちになる一方、自らの再発への恐れが頭の片隅から離れず「不安な気持ちが増し、何度も見るのはつらかった」と振り返った。

中日新聞広告局 病医院・薬局の求人