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〈生きる支える 心あわせて〉 脊髄小脳変性症と歩む(下)

(2017年6月29日) 【中日新聞】【朝刊】【その他】 この記事を印刷する

「やってみよう」前向きに

画像インストラクターの青木寿江さん(右)に支えられ、脚を伸ばす運動をする荒井欣也さん=愛知県一宮市で

 すっきり晴れ渡り、気温も上昇した5月中旬のある日、愛知県一宮市の荒井欣也さん(49)は、気持ちよさそうに室内プールで泳いでいた。後ろからインストラクターの青木寿江(ひさえ)さん(41)に支えてもらうと、きれいに脚が水面を蹴る。「水泳選手になった気分」と、笑みを浮かべた。

 荒井さんは、小脳が発する運動に関する指令が体の各部位にうまく伝わらなくなる病気がある。体力をつけようと、同市の「たんぽぽ温泉デイサービス一宮」にあるプールに、週1回通う。

 通い始めた8年前は、腹筋や背筋を使う背泳ぎの姿勢が取れず、足が沈んだ。他の利用者たちと30分、水中で運動した後も自主トレし、できることを増やしていった。インストラクターの奥村里江子さん(42)は「真面目に頑張る人の5人に入る」と笑う。

 実は昨年末、荒井さんはプールに通うのをやめようかと迷った。「自分の思いだけでプールに入って、皆に大変な思いをさせているのでは」と思ったからだ。手足に力を入れられず、プールに出入りするときに滑りやすく、時間がかかるようになっていた。

 相談を受けた奥村さんは「ゆっくり入ることで、周りに迷惑を掛けていると心配したのでは。そんなことを気にしていると気付かず、申し訳なかった」と振り返る。他の利用者が先に入るようにし、荒井さんは水中運動用の靴をはくようにするなど工夫した。

 「荒井さんは障害がある同世代の希望の星。どこまでもフォローしたい」。奥村さんと青木さんは、こう声をそろえる。荒井さんも今は「以前からのもやもやがなくなり、練習に気合が入るようになった」と、安心して通う。

 病気を受け入れられず、20代半ばから10年、自宅に引きこもった。かたくなな気持ちがほぐれ、思いを率直に伝えられるようになったのは、2006年3月から市の生活介護事業所「みんなの家」に通い始めてから。最初は「自分をさらけ出したくない」と渋々だったが、さまざまな障害がある利用者たちが前向きに生きる姿が励みになった。

 今は、パソコンで来年のえとの戌(いぬ)をテーマにしたカレンダーづくりに精を出す。指先が曲がっているため指の節で一つ一つ、キーボードをたたく。「よくしてくれる近所の人たちにも配るから、完璧にしないと」。市内のパソコン講師で、定期的に施設で教える佐藤美和子さん(52)は「以前はこちらが提案したことを、渋々やる感じでしたが、今は自分からしたいことを言う」と話す。

 心を開けるようになり、周囲への思いやりも素直に表せるようになった。「自宅で風呂に入って転んでけがをするたびに、おっかあが考え込む」。介護してくれる母めぐみさん(83)の負担を思い、以前は拒んでいた施設での入浴を受け入れるようになった。週3回、施設に通うのも、めぐみさんに畑仕事をしたり、近所の人と茶飲み話をしたりしてほしいからだ。

 現在は要介護4。外出は楽ではない。それでも、小さいころから大好きな中日ドラゴンズの試合観戦をあきらめるつもりはない。4月には介助のヘルパーを雇い、ナゴヤドーム(名古屋市)の車いす席で応援した。「無理そうに思えても、やってみんと分からない。引っ込んどると損する」。これからも、外の空気をいっぱい吸っていくつもりだ。(出口有紀)

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