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〈ニュースを問う〉元名大生事件 (4)法廷の怒号

(2017年7月2日) 【中日新聞】【朝刊】【その他】 この記事を印刷する

被告の闇 解明の仕組みを

画像判決後、記者会見に応じる裁判員=名古屋市内で(代表撮影)

 法廷は有罪か無罪かを判断し、罪に応じた刑期を決める場とはいえ、この事件の特異性を思うと、それだけでは不十分だと感じた。

 社会としてどう対応すべきか。司法がその道筋を示すすべての責任を負っているわけではなくとも、今後、彼女にあるような障害が事件に発展しないよう、糸口が示されると多くの人が期待したかもしれない。残念ながら、今回の裁判で示すことはできなかった。

 法廷には珍しく、怒号に近い声が飛び交った。

 元名大生の法廷証言は、あまりに常識とかけ離れ、なおかつ、自分に不利な質問は巧みにかわしており、裁判官からは病気のふりをする「詐病の可能性はないのか」という質問が出た。

詐病否定する鑑定人

 出廷した3人の鑑定人(精神科医。検察側一人、弁護側二人)はいずれも「疑っていない」と答えたが、「その根拠は」と突っ込まれた弁護側の鑑定人は「全体的に判断する。詐病ならわかる。病気を演じていればわかる。専門家3人が見て、詐病じゃないと言っているんだから!」といら立ちをあらわにし、声を荒らげた。

 被告の責任能力は「ない」と主張する別の弁護側鑑定人は「よく考えないと、判断を間違えますよ。僕の鑑定書をよくよく読めば、彼女が心神喪失だってわかりますよ。みなさん、僕の鑑定書をよく読んでください!」と大声で訴え、法廷が静まり返った。

 障害への理解が公正な裁判には欠かせないのは当然のことだ。とはいえ、「発達障害」「双極性障害(そううつ病)」という障害について、予備知識が必ずしも十分ではない裁判員たちが、専門家との法廷の質疑だけですべてを理解するのには無理がある。また現実問題として、裁判官や裁判員は限られた時間内に有罪か無罪かを判断し、刑期を決めなければならない。鑑定人と裁判官、裁判員との間に横たわる断絶が、次第に広がり、法廷内のいら立ちを高めていったように思う。

 弁護側の鑑定人が「英国では限定的な責任能力でも医療を受けるため、病院に移る。日本は最初にまず有罪無罪を決めるのがおかしい」と司法制度に批判の矛先を向けると、業を煮やしたように裁判長が一喝した。

 「あのね、そんな日本の司法がどうとか文句言われても困るんですよ! さっきの『鑑定書読んで決めろ』とかいう文句言われても!」

 法廷はこの瞬間、静まり返り、フリーズしてしまったように感じた。

 法廷には限界がある。そう痛感したのが、選ばれた6人の裁判員たちではなかったか。被告にさまざまな質問をぶつけ、理解しようと努めながら、結局、割り切れない思いを残したまま結論を下さざるを得なかった難しさを口々に語った。

理解に苦しむ裁判員

 「『被害者のことがわからない』というが、自分がされたらどう思うのか。理解できない」(30代男性)「犯罪をするタイプに見えない。『弁護士と話ができたのが楽しかった』と言ったが、話し相手がほしかったのかと思った」(50代男性)「母や妹には『殺したい衝動があった』が、反発した父親には『殺す候補じゃない』と言ったことに強いギャップがあった」(40代男性)

 彼女の印象をそれぞれ「見た目は普通の子」「質問に即答。はっきり答える頭の切れる人」「質問の切り返しが素早く、頭の回転が速い」「何を質問しても答えるが、無表情な子」「淡々とした話し方が印象に残る」と語る中で、二人の裁判員があるシーンに着目していた。検察官から無期懲役を求刑されたときの彼女の表情だった。

 「顔を真っ赤にして震えていた」

 罪の軽い“未成年”のうちに殺人を決行した彼女にとって、重い求刑が想定外だったのか。その心の内を知ることはできなかった。理解されないまま、孤立した被告を裁判員の一人は「かわいそうに思えた」とさえ振り返った。

 責任能力が認められ、無期懲役となった一審の判決後、弁護側は控訴し、最終的な裁判の行方はまだ先になる。このまま刑が確定しても、あるいは無罪になっても、衝撃的な今回の事件を受けて、社会が何かを解決した、とは到底言えないだろう。

 彼女にあるような障害とどう向き合うか。障害をめぐり、法廷で浮き彫りになった専門家と法律家、一般市民との間に横たわる“溝”を埋める作業を今後、医療や福祉、教育の現場で連携して進めていくべきではないか。

 次の「元名大生」が現れたとき、再び「闇」として向き合うのではなく、光へと前進する道筋を1日も早く見つけなければならないと思う。=終わり。(名古屋社会部・天田優里)

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