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親に選択肢示せない医師

(2017年7月11日) 【中日新聞】【朝刊】 この記事を印刷する

立ち遅れる国内の小児ドナー 「誰にも身近な問題」

画像臓器提供をした小児の主治医を務めた体験を語る種市医師=富山市で

 15歳未満の小児からの臓器提供が伸び悩んでいる。臓器移植法改正で2010年7月から脳死となった小児の臓器提供が可能になったものの、7年間でわずか15例。こうした現状を変えようと、富山大病院(富山市)で小児救急を担う種市尋宙(ひろみち)医師(44)は「脳死は誰にでも起こりうることや移植でしか助からない幼い命があることを知り、自分の問題として考えてほしい」と訴える。米国で心臓移植を受けた子どもと、臓器提供をした子ども、双方の主治医を務めた経験からだ。(稲田雅文)

 「臓器提供によって子どもの死という理不尽な出来事から救われる家族もいる。しかし、日本では脳死となった子どもの家族への選択肢の一つとして、臓器提供を提示すらできていない」。6月、日本小児科医会が富山市で開いた総会フォーラム。「患者・家族に寄り添う」と題したプログラムで、種市医師が小児科医らにこう訴えた。

 心臓の場合、体格に合った大きさでないと、移植はできない。国内では臓器移植法改正まで15歳未満の臓器提供ができなかったため、重い心臓病を患った子どもが助かるには、海外渡航をするしかなかった。

 種市医師は、09年12月に主治医を務めた当時6歳の女児を米国に送り出した。乳児の頃から拡張型心筋症を患い、心臓移植以外に助からないとの診断だった。

 海外での移植でまず問題になるのが費用だ。当時、1億4千万円が必要とされ、募金活動を始めた。航空機を使った移動も、重い心臓病の子どもには過酷なため、種市医師が米国まで付き添った。

 すぐに種市医師は日本と米国の差を目の当たりにした。3週間足らずでドナー(提供者)が現れ、女児への心臓移植は成功。自らの足で歩いて元気に日本に帰ってきた。「移植医療のすごさを実感した」。一方、費用が高額なほか、裏側には米国の子どもの死があるため「なぜ日本で受けられないんだ」との疑問も感じた。

海外渡航の心臓移植と国内の小児臓器提供数

 国際移植学会は08年、移植が必要な患者の命は自国で救うよう求める「イスタンブール宣言」を出した。ドイツやオーストラリアなどが日本人の受け入れをやめ、米国でも受け入れ枠を絞り、費用は3億円に高騰している。宣言が契機の一つになり15歳未満の臓器提供が可能になった。

 12年6月、富山大病院に事故で意識不明となった男児が運ばれてきた。低酸素脳症で、懸命に治療したが脳へのダメージが大きく、種市医師は両親に脳死状態であることを伝えた。

 ほどなくして両親から臓器提供の希望を伝えられた。以前から、家族の間で人の命についての会話があったという。15歳未満では国内2例目、6歳未満では初の事例となり、報道陣が病院に押し寄せた。

 経験したことのない重圧の中、男児の全身状態を管理し法的脳死判定を実施。臓器提供の際、両親は「息子は遠くへ飛び立っていきました。大変悲しいことではありますが、大きな希望を残してくれました。息子が誰かの体の一部となって長く生きてくれるのではないかと。息子を誇りに思っています」とのコメントを出した。数年後、自宅を訪れると、提供時と変わらずわが子を誇りに思っているようだった。「臓器提供は、わが国でもみとりの一つとして存在しうる。子どもの死から救われ、立ち直るきっかけをつかむことができる人もいる」

 ただ、小児の提供は増えないまま。日本心臓移植研究会によると、法改正後の11年から15年までに、国内の15歳未満の脳死下臓器提供数よりも多い23人が海外渡航で心臓移植を受けた。

 種市医師は「日本は小児の終末期医療が未熟。子どもの死を家族だけでなく小児科医も受け入れられないため、主治医から臓器移植という選択肢があることを切り出せない。小児科医が子どものみとりに真剣に向き合う必要がある」と指摘する。

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