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ドクターヘリに記者が同乗 1分でも早く医師の手に 飛行中も容体変化に即応

(2017年9月5日) 【中日新聞】【朝刊】 この記事を印刷する

 事故や病気で一刻も早く医師の救命処置が必要な患者のもとに、迅速に医師を送るドクターヘリ。愛知県が愛知医科大(同県長久手市)に配備するヘリに記者が乗った。(稲田雅文)

8月19日午前9時48分

画像飛行中、無線で届く情報を聞きながら地図を確認する浅野永美花さん

 「はい、愛知県ドクターヘリです」。愛知医科大高度救命救急センターに置かれた通信センターに、同県の西尾市消防本部から電話が入った。ヘリを運航する中日本航空(同県豊山町)の通信員榊山亮さん(29)は「出動要請ですね?」と確認。「ドクターヘリ、エンジンを始動してください」と、間髪入れず別の電話で指示を出した後、要請内容を聴取した。通信センターにいた看護師浅野永美花(えみか)さん(40)は、医療器具の入ったバッグをつかむと外へ駆け出した。

 1分でも早く現場に到着するため、150メートル離れたヘリポートへ車で移動する。森久剛(ひさたけ)医師(36)と合流し、ローターが動きだしたドクターヘリに駆け込んだ。

午前9時52分

 整備士川越達宏さん(32)がヘリのドアを閉め、離陸。操縦士中村伸好さん(60)が、通信センターとやりとりして要請の概要を確認する。西尾市内で70代女性が乗用車にはねられ、意識不明の状態。消防本部は、通報で分かった女性の状況から、一刻も早く医師が接触した方がいいと判断し、現地の救急隊が現場に着く前にドクターヘリに出動要請をした。

 消防本部が現場近くの小学校に使用許可を取り、校庭で患者を乗せた救急隊と合流することに。消防車も出動。校庭で活動をしている人に退避してもらうとともに、ヘリが巻き起こす風で砂が舞い上がらないよう、あらかじめ散水をする。

 ヘリは高度約450メートルまで上昇し、時速230キロで向かった。

午前10時5分

画像ドクターヘリ着陸後、交通事故に遭った患者が乗る救急車に走る森久剛医師=愛知県西尾市で

 現場まで約40キロ。ヘリが校庭に着陸すると、森医師と浅野さんが散水でぬかるんだ校庭を救急車に向けて走りだした。救急車に乗り込んだ森医師が女性に声を掛けても反応はない。呼吸が弱く、呼吸を助けるため気管にチューブを挿管すると浅野さんは点滴をつないだ。命の危険がある状態で、態勢の整った病院での処置が必要と判断し愛知医科大に運ぶことを決めた。

午前10時35分

 患者をヘリ後部のドアからストレッチャーに寝かせたまま乗せ離陸。上昇すると操縦士の中村さんは通信センターに「10分後到着です」と連絡を入れる。患者の心拍数や血圧などをモニターで見ていた浅野さんは「血圧が下がってきているのが嫌ですね。おなかか骨盤(に損傷がある)かも」と話すと、森医師が「そうかもしれない」。患者の血圧が急激に下がったのを見て、森医師に昇圧剤の投与を提案。点滴のチューブから薬剤を入れると、女性の血圧が回復した。森医師は患者の胸回りに手の届く範囲で携帯型の超音波検査装置を当てて、出血などがないかを確認した。

午前10時47分

 愛知医科大のヘリポートに着陸。待っていた救急車に患者を移した。9時45分にあった119番通報から約20分で医師が患者に接触し、1時間余りで高度救命救急センターに運ぶことができた。

 患者は、骨や骨盤、大腿(だいたい)骨などを骨折し、内臓にも損傷があった。森医師と浅野さんは次に要請があった場合に備え、処置のサポートに回る。一段落すると、浅野さんはヘリに行き、出動で使った医療器具を補充した。

 出動中以外、青いつなぎのフライトスーツを着たまま通常の診療に当たる。この日は午後にも、新城市消防本部から出動要請があった。浅野さんは昼食を院内のコンビニで買っていたところで携帯電話が鳴り、昼食を置いたまま、現場に向かった。

救命率向上に貢献

 愛知県ドクターヘリは2002年1月、全国4番目に運航を開始。16年は368件出動し、現場で治療に当たったのが249件。容体が悪い患者を別の病院に運ぶ搬送が25件、患者の容体がヘリを呼ぶほど悪くないことが分かり、引き返すなどした出動が94件だった。

 県内全域の片道70キロ圏内(25分)を守備範囲とし、各地の消防本部の要請でのみ出動する。県東部の山間地への出動が多く、岐阜、三重、静岡、長野県など隣県への出動要請にも応じる。要請から離陸までの平均時間は4.7分(16年)。年間の事業費は約2億5千万円で、国と県が半分ずつ負担。ドクターヘリの利用料はなく、患者は往診料や救急搬送料、治療費など保険診療の範囲で負担する。

 第1の役割は現場に医師を送り込むことだ。学校のグラウンドや河川敷など、臨時のヘリポートに着陸することが多いが、急を要する場合は店舗の駐車場や休耕田、農道など、上空から安全な場所を探して着陸することもある。1分でも早く医師が処置をすることで、患者の状態が安定し、救命率の向上や後遺障害の軽減が期待できる。

 愛知医科大では救命救急科の医師6人と看護師6人が交代で乗務する。いつ出動があるか分からないなか、高度救命救急センターで通常勤務をし、携帯電話は常時持ち歩く。

 「体調管理が大切」と看護師の浅野さんは話す。直前の交代はできないため、ヘリ乗務の前日には刺し身などの生ものを食べないようにしている。激務だが「医師のサポートのほかに、事故などで動転している家族の精神的なケアのためには看護師が必要。現場では、医師と二人で責任を持った判断が求められ、成長を感じられる仕事です」。

 「時間や人、場所を選ばずに医療を提供できる医師になりたい」と考えていた森医師は、研修医時代に救急医を志した。患者が待つところに飛んで治療をするフライトドクターは理想像の一つだ。「ヘリの要請後にそれほど重症ではないことが分かって引き返すこともあるが、それも仕事の一部。最悪のケースを想定して呼んでほしい」と語る。

 ドクターヘリ 認定NPO法人・救急ヘリ病院ネットワーク(東京都)によると、現在は全国41道府県で51機が配備され、中部地方では愛知のほか、岐阜、三重、長野、静岡、滋賀、富山県が運航(長野、静岡県は2機)する。人工呼吸器のほか、心電図や除細動器など、救命に必要な医療機器や医薬品を積む。有視界飛行が前提となるため、出動時間は昼間に限られる。荒天の場合は出動できない。

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