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〈人情 交差点〉 闘病 歌い続け恩返し

(2017年9月2日) 【中日新聞】【朝刊】【愛知】 この記事を印刷する
画像カウンターで笑顔を見せる元タカラジェンヌのまほろば遊さん=熱田区西野町で

 カウンターで、明るいオーラを放つ女性の人生は、順風ではなかった。

 元宝塚歌劇団月組の男役、まほろば遊(ゆう)さん(熱田区)。春野寿美礼(すみれ)、安蘭けいらを輩出した「花の77期生」の一人。「ベルサイユのばら」にも出演し、退団後は歌手活動に専念した。

 2002年、結婚を機に東京から名古屋へ。男の子を授かったが、甲状腺ホルモンが過剰になるバセドー病と判明。知り合いもおらず、引きこもりがちになった。「好きだった歌をもう一度始めよう」とインターネットで調べると、近くの音楽喫茶「アーデン」(西野町二)の2階にボイストレーニングの教室があることを知った。

 「まずは“偵察”に」と入店し、コーヒーを飲んでいると、穏やかそうなマスターの山田裕三さん(62)が話を聞いてくれて、すぐに講師に連絡を取ってくれた。週1回のレッスン中、幼かった長男を山田さんの妻礼子さん(64)に見てもらうこともあった。

 自信を取り戻しつつあった06年、アーデンでのライブを企画。しかし開催直前、甲状腺がんが見つかった。「自分だけなんで?」。ライブは最後になるかもと、気負って舞台に立つと「お客さんが満員でびっくり。マスターも集めてくれたのかな」。スポットライトを浴びて歌う喜びを思い出せた。

 踏ん切りをつけ、手術を決めたが、声が変わるおそれがあった。「子どものために今の私の声を残したい」と、自宅で涙を流しながら子守歌を作り、CDにした。収録も最後と覚悟して臨んだが「歌っているうちに元気になれた。音楽の力を感じた」。手術をせず、歌い続けることにした。

 転移への不安、成長する子どものこと、大好きな歌ができなくなるかもしれない…。マスター夫婦には、本音をさらけ出した。「突っ込んで質問してこないけど、いつもちゃんと悩みを聞いてくれた」。それが励みになり、気持ちを整理できた。

 がんを抱えながらも、名古屋で歌手やラジオパーソナリティー、民話の朗読の活動ができている。「歌を聴いて元気になった」と言ってもらえると、感謝の気持ちが強くなる。「支えてもらった恩返しがしたい」。

 ♪うみゃーあもんも ぎょーさんあるで てーばさき ひーつまぶし エビふりゃあー。今春、名古屋の名物を盛り込んだ盆踊り風の「名古屋よいとこ節」を作詞作曲。名古屋城で披露した。こてこての名古屋弁も「もう難しくない」。振り付けも考えたが「夏の盆踊りで踊ってほしかったけど、まだ踊ってもらっていません」とおどけてみせた。

 がんが悪化するかもしれないという不安は大きい。「でも、歌っているときは忘れられる」。カウンターでアイスコーヒーを口にして、「アーデンが名古屋での人生の出発点。ここがなかったら、歌にも多くの人にも出会えなかった」。明るいオーラも、下町の喫茶店になじんできた。

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