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貴闘力さんに聞く カジノ解禁の落とし穴

(2017年9月14日) 【中日新聞】【朝刊】【その他】 この記事を印刷する
画像「ギャンブルは人を不幸にする。それでも止まらない」と語る元関脇の貴闘力さん=東京都江東区で

 「カジノ解禁」を巡って、各地の自治体や業者が浮足立ってきた。政府は今月下旬からの臨時国会に実施法案を提出する方針で、先月には全国で公聴会も開いた。だが、そもそもギャンブル依存症患者を増やしかねない政策を、国が音頭を取って進める矛盾は放置されたままだ。カジノ解禁の落とし穴はどこにあるのか。ギャンブル依存症の深刻さを、大相撲元関脇の貴闘力さん(49)に聞いた。(安藤恭子、大村歩)

24時間営業 歯止めなくやっちゃう

 「カジノのこと、分かっていない政治家たちが議論している。海外に行かずとも30分で行ける距離にあったら、仕事そっちのけで行く人もでるでしょう」

 東京都内で経営する居酒屋の開店前、貴闘力さんは複雑な表情で切り出した。

 2010年に野球賭博に関わったとして、日本相撲協会を解雇され、現在は焼き肉店など11の飲食店を経営する。そのかたわら、ギャンブル依存症の怖さを講演などで語り続けている。「日本にもカジノがあればいいなとは思うけれど、やっぱりやめた方がいい。なければみんな、お金を損しなくて済むんだから」

 1967年、神戸市に生まれた。ギャンブル好きだった父親のもと、借金取りから逃れるように小学校を転々とした。「ああいう父親にはなりたくない、と思っていた」と振り返る。

 中学卒業後、元大関・貴ノ花の藤島部屋に入門し、83年に初土俵を踏んだ。けいこを重ね、めきめき頭角を現した貴闘力さんは89年に十両に昇進。めでたい昇進が、ギャンブルに手を出す転機になる。

 化粧まわしなどの準備で400万円が必要となり、頭を下げて工面した金を知人に使い込まれた。手元にあった10万円を握って大井競馬場に出向いたところ、賭けた馬が勝ち、380万円を手に入れた。

 相撲とギャンブルを「両立」する日々が始まった。

 「けいこしなかったら強くなれへん」のは当たり前。朝から百番を超えるけいこを重ねる一方で、午後は昼寝する他の力士を尻目に競馬場へ。帰宅後もマージャンを続け、夜中の午前零時に眠る生活を続けた。

 破天荒ではあったが、相撲人生は順調そのもの。力士としては小柄ながら、気合十分の仕切りや突っ張りなど激しい相撲でファンをわかせた。関脇や小結を務めて上位に定着。2000年春場所で初優勝を果たし、横綱の曙からは7個の金星を奪取。「曙キラー」として名をはせた。プライベートでも元横綱の大鵬さんの三女と結婚した。

 02年秋場所で引退後は、大嶽親方として大鵬部屋を継いだが、野球賭博事件で10年に相撲協会を解雇され、妻とも離婚した。賭博容疑で書類送検されたが、嫌疑不十分で不起訴となった。

 人生で賭け事に消えたお金は5億円くらいになるという。自分でも「どこかおかしい」と悩み、医療機関でギャンブル依存症の検査を受けたところ、チェックシートの項目が全て当てはまった。15年秋、依存症のシンポジウムに初めて登壇し、250人の前で自らの体験を打ち明けた。

 講演をきっかけに「立ち直りたい」と、店に相談に来る若者もいるという。「ギャンブルでは、人から金借りるなよって助言する。うちで雇った子もいる。いっぱしにおれの使命と思ったりしてね」

産業化 ギャンブル依存症ケアも

画像ロシア・ウラジオストク近郊のカジノでルーレットを楽しむ客=2015年10月(共同)

 貴闘力さんは、音や光で非日常を演出し、24時間営業するカジノには、他のギャンブルにない怖さがあるという。「競馬や競艇は、レースが終われば頭を冷やせる。でも、カジノは休みがないから、ゼロになるまでやっちゃう。カジノ場って寒いの知ってる? 暖かくて眠くならないようにしているの。一睡もせずに、66時間やっていたこともある」と明かす。

 現在、店の売上金の管理は他の人に任せている。店に顔を出して接客し、メニューを考え、ひまな時間をつくらないよう早朝から深夜まで働きづめの日々を送る。「しんどい時もあるけれど、他に何の楽しみもない。息抜きを見つけたいけれど…」と苦笑する。

 長らく足が遠のいていたが、今年1月、韓国のカジノを訪れた。そこにあるのは巨大な「カジノ産業」だ。「日本にもカジノができれば、世界中から何千万円と使う人たちがやって来る。観光案内の機能やディーラー養成学校、依存症患者をケアする病院も必要となる。それらも含めてのカジノの産業化。もうけたい人が集まってくる。そういうのみんな分かってない」と断言する。

 貴闘力さんの居酒屋のドアには、プロレスラーとして14日に東京・後楽園ホールでデビュー戦を迎える長男のチラシが貼られていた。「勝負の世界で生きているやつは、ギャンブルにも引かれやすい。(4人の)息子たちにはギャンブルに近寄らせなかった。教えない、覚えないが一番だ」

 ギャンブルで失ったものは何か。そう聞くと貴闘力さんは「後悔は金がなくなることと、人に不義理をしてしまうこと。相撲が好きだった。後輩の育成にやりがいを感じていた」と即答した。「何が正しくて、何が正しくないのか。人間は分からんよ」

世論調査では反対多数 公聴会 疑問に答えず

画像カジノを含む統合型リゾート施設の整備に関する公聴会=8月28日、名古屋市中区で

 「カジノ解禁」への疑問は、ギャンブル依存症への懸念にとどまらない。

 カジノを含む統合型リゾート施設(IR)の運営ルールに関し、政府の有識者会議が7月末に発表した制度案によれば、カジノは国際会議場、ホテルなど他の4施設との5点セットが前提。カジノ自体は免許更新制で、政府内につくる管理委員会が、事業者に暴力団関係者がいないかどうかなどを審査して許可する。ギャンブル依存症対策・犯罪対策としては、日本人の場合、マイナンバーカードで本人確認して入場回数を制限し、入場料も取るとしている。

 この制度案に対する公聴会が8月17〜29日、東京、大阪、名古屋など全国9カ所で開かれた。

 仙台市の公聴会に参加した「ギャンブル依存症問題を考える会」の田中紀子代表は「カジノができれば新たに『カジノ依存症患者』ができる。それへの対策費用はギャンブル業界が負担すべきだ」と意見したが、政府側は「まだ何も決まっていないので答えられない」などと言葉を濁したという。

 会場には、カジノ事業に意欲的な業者が目立ったといい、同じ公聴会に参加した「全国カジノ賭博場設置反対連絡協議会」代表幹事の新里宏二弁護士は「各種世論調査の数字を見てもカジノ反対論は当初の6割から7割へ増加しており、こうした公聴会によって政府は『賛成も多い』ということにしたいのではないか」と疑問視する。

 そもそも「カジノ解禁」法案は昨年12月の衆院内閣委員会で6時間弱しか審議されないまま可決。自民党の谷川弥一衆院議員が委員会で般若心経を唱えて物議を醸した。衆院本会議での採決では、自民党から中谷元・元防衛相らが退席、自主投票となった公明党は11人が反対票を投じるなど、与党側にも反対論が上がっていた。

 新里氏は「カジノは賭博であり刑法上の違法性をクリアできるのか、という問いにさえ政府側はまともに説明できていない。公営ギャンブルなどは収益のほとんどが公益目的に使われるが、カジノ解禁法は賭博で民間業者が自分たちの収益にしてもいいという仕組みだ。それを『観光立国に資するから』という理由で認めていいのか」と厳しく批判する。

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