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全国骨髄バンク協 田中理事長に聞く 「命つなぐ感動広めたい」 ドナー増、患者支援に力

(2017年9月26日) 【中日新聞】【朝刊】 この記事を印刷する
画像献血に訪れた人に骨髄バンクの説明をする田中重勝さん=岐阜県警本部で

 非血縁者間では国内初の骨髄移植のドナー(提供者)となった岐阜県大垣市の田中重勝さん(68)が7月、ドナー登録を啓発するNPO法人「全国骨髄バンク推進連絡協議会」(東京)の理事長に就任した。田中さんは1989年に骨髄を提供後、92年に「岐阜骨髄献血希望者を募る会」をつくり、患者の支援に取り組んできた。全国協議会の課題を聞いた。(稲田雅文)

 −国内初の提供だった。

 88年に新聞記事で民間の医師らが日本初の「東海骨髄バンク」を設立したことを知り、名古屋へドナー登録に行った。翌年3月に電話があり「骨髄が適合する患者がいる」と伝えられた。検査の際、医師からは「いつやめてもいい」と何度も言われた。「知らない人のために入院し、全身麻酔までして骨髄を提供する人などいない」と考えられていた時代だった。

 前例がない不安はあったが、それでも提供したのは「自分の子どもが白血病になったときに助けられなかったらどうするんだ」という思い。準備不足の面もあったが、その経験が以降の提供に生かされ、支度金などのバンクの制度になっていった。

 −移植を受けた患者と対面している。

 97年に東京であった啓発イベントで、壇上に立った患者の男性から「ちょうど8年前に骨髄を提供された方はおられませんか」と呼び掛けられ、手を挙げた。固く握手し「私の命をつないでくれてありがとう」と声を掛けられた。元気な姿に、命を助けたという実感が強くなった。以降は、ボランティアの機会にだけ会うようにしている。

 命を伝える感動を多くの人に知ってもらう方法の一つとして、対面は進めるべきだ。「金銭要求や再提供の強要があるかもしれない」との心配から匿名が守られているが、ルールを決めた方がいい。すでに会員制交流サイト(SNS)でだれから提供を受けたか知りうる時代になっている。悪意のある人が、SNSから情報を得てドナーになりすまして金銭を要求するといった犯罪も起きかねない。

 −全国協議会では何を。

 患者にきちんと情報を届け、国民に骨髄バンクのことを正しく知ってもらうという原点の仕事をしたい。各地の団体が別個の活動をするようになっている面があり、各地の団体へ出向き、全国のボランティアが一丸になれるようにしたい。

 ドナーを増やす活動だけでなく、患者に病気に関する知識を増やしてもらい、患者の心のケアをする活動も大切だ。まだまだ患者に正しい情報が伝わっていない面がある。患者が相談できる白血病フリーダイヤル=(0120)815929=を開設(毎週土曜午前10時から午後4時まで)し、ハンドブックも作っている。診断されて悩む人に患者会を紹介して経験者の話を聞いてもらうと、明るい希望を持って闘病ができる。全国協議会として、患者本人への支援に力を入れたい。

 若い人の登録が少なく、将来のドナーの減少が心配されているが、「若い人の登録が必要だ」と訴えるだけでは無理がある。社会全体が動かないと若い人の意識も変わらない。運動を大きくし、ドナー登録の呼び掛けが、若い人にも届くようにしたい。

来月15日、名古屋で推進月間イベント

 10月の骨髄バンク推進月間に合わせて、「あいち骨髄バンクを支援する会」は10月15日午後2時から、啓発イベント「映画会&トークショー」を、名古屋市東区の市東文化小劇場で開く。入場料500円。

 骨髄移植を題材とした映画「迷宮カフェ」の上映後、映画を製作した黒岩由香さんや、骨髄提供の経験者らが語る。問い合わせは同会=電052(712)0457=へ。

 骨髄バンク 白血病などの病気の治療に必要な骨髄移植のため、提供希望者があらかじめ白血球の型を調べて登録しておく機関。白血球の型が一致する確率は、数100から数万分の1とされる。国内では1989年に民間の医師らが「東海骨髄バンク」(名古屋市)を発足させ、91年に公的な日本骨髄バンクに発展した。8月末現在で47万6000人がドナー登録し、2万1000例の移植が実現した。

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