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〈生きる支える 心あわせて〉 トレーニング(上)

(2017年9月27日) 【中日新聞】【朝刊】【その他】 この記事を印刷する

母と息子 マンツーマン

画像アイ子さん(右)にボールを投げる公一さん。元気な体を維持するため、続けてきたトレーニングの一つだ=津市で

 小さなバスケットボールが、ふわっと宙に浮く。8月中旬のある夜、津市の奥山アイ子さん(90)は自宅の寝室で、長男公一(きみかず)さん(63)とキャッチボールをしていた。

 「いくぞ」。パイプいすに腰掛けたアイ子さんに向かって、公一さんは幼い子どもにパスをするように、至近距離からそっとボールを投げる。アイ子さんはあまり姿勢を変えることはできないが、顔をしっかりと上げ、真剣な目でボールを追う。両手でボールをキャッチすると、すぐに公一さんに投げ返す。「おっ。いけるな」。親子で息が合うと、公一さんが小さく声を掛ける。

 アイ子さんは要介護4で認知症があり、公一さんが息子とは分からず、自らの兄と間違えたりする。立ち上がるのにも公一さんの助けが必要で、横になって過ごすことが多い。トレーニングは、筋力の衰えを食い止めようと公一さんが発案した。キャッチボールは筋力を付けるほか、硬くなりがちな肩の可動域を広げ、自分で食器などを使えるようにするのが狙い。軽いスクワットや足踏みも織り交ぜ、約10分間の運動を毎晩続けている。

 公一さんは35年前から市内でトレーニングジムを営み、さまざまな競技の選手たちの体づくりを指導。自らもパワーリフティングやベンチプレスの中部地区の大会で10回の優勝経験を持ち、今もジムの会員に交じってトレーニングに励む。培ってきたノウハウが、母の介護にも生きた。

 もちろん無理はできない。母の体調を見ながら、メニューの種類や回数を日々、調整する。「毎日、介護しているから。ほかの誰よりも、母の調子を感じられるんです」

 アイ子さんは穏やかな人柄で、家事と育児をこなしながら市内の印刷会社で働いた。退職後も市内の病院の調理場に勤め、入院患者の食事を作っていた。認知症の症状が出始めたのは2012年、夫をがんで亡くした直後のことだ。

 「おしどり夫婦だったんで。ショックが大きかったんでしょう」。その後、アイ子さんは家事ができなくなり、自宅で転倒して背骨を折る大けがをしたことも。以来、公一さんがほぼ一人で介護している。

 ジムの仕事と介護の両立は、体を鍛えてきたとはいえ、60歳を超えた公一さんにもつらい。仕事を終えてから入浴や着替えの世話に追われる。部屋のあちこちが便で汚れ、真夜中に床を拭き、何度も洗濯機を回すこともある。眠れるのは、新聞の朝刊が届くころだ。でも、トレーニングをすると、よく「ありがとう」と言ってもらえるのが励みだ。

 高齢者のトレーニングは一進一退。体調を崩したりしてトレーニングができない日が続くと、一気に筋力が落ちる。「脚が一回り細くなっているのが分かるんです」。頑張って維持して、また衰えての繰り返し。9月中旬にも、アイ子さんが熱を出して入院したため、トレーニングを中断した。

 近く退院できそうだが、体力が落ちているかもしれない。量をセーブして、アイ子さんの体調を見ながら再開するつもりだ。「一日でも長く、元気でいてほしいから」。母と息子のマンツーマンのトレーニングが続く。(河郷丈史)

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