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次世代へ「いのちの授業」 患者、学生らが啓発

(2017年12月12日) 【中日新聞】【朝刊】 この記事を印刷する
画像左手のシャントの痕を示して人工透析時代の苦労を話す加藤みゆきさん=愛知県一宮市の浅井中学校で

 2010年の改正臓器移植法施行以降も、国内の脳死臓器移植の件数は、他の先進国に比べ極端に少ないのが現状だ。一般的な医療として定着するには、地道な啓発活動が欠かせない。将来を担う若い世代へ、自らの体験を伝える移植経験者や、医療系の学生らによる「いのちの授業」の取り組みを取材した。(稲田雅文)

 「シャント、触りたい人いる?」。11月下旬、膵臓(すいぞう)と腎臓の移植を同時に受けた経験者、加藤みゆきさん(45)=愛知県一宮市=は、市内の浅井中学校で開いた「いのちの授業」で、袖をまくって左の前腕を示した。

 シャントは、人工透析で多量の血液を取り出すために、動脈と静脈をつないでつくった太い血管だ。移植を受け人工透析が不要になった加藤さんのシャントの痕は、盛り上がったまま固まっている。生徒の手が挙がらないと「別の中学校では人気だったんだけどな〜」とおどけ、終始、明るい雰囲気で授業は進んだ。

 10歳のころ1型糖尿病と診断された。生活習慣病の2型とは違い原因不明で、医師から「一生、インスリン注射を打たないと生きていけない」と言われた。学校生活は普通の生徒と変わりなく過ごし、就職もできたが、結婚し妊娠すると、重い病であることを突きつけられた。腎臓への負担が増えた影響で体中がむくみ、妊娠4カ月でかかった腎臓の専門医は腎機能を調べると「3カ月後、帝王切開で出産してください。近い将来、人工透析が必要になります」と告げた。

 長男は体重約650グラムで出産。一度は回復したが次第に症状は重くなり、5年後、人工透析が始まると仕事を辞めた。シャントを保つ手術を月1回受け、合併症で動かなくなった手の手術は4回。足は感染性壊疽(えそ)で切断が検討された。車いすで移動したときや、家事どころか歯磨きすらできないときも。「私がいなくなれば、家族も楽になる。痛いのも終わる」。そう考えた。心臓の弁の働きが悪くなり「あと数年だな」と死を意識した。

 ある朝、医師から「移植を受けますか」と電話があると「はい、受けます」と即答。移植を受けると透析もインスリン注射も不要になり、日々元気になるのを実感した。8年ぶりにおしっこが出ると「ありがとう」とおなかをさすった。

 「良かったね」。皆がこう言ったが「ドナー(提供者)の死と家族の悲しみの上に私の元気がある」と素直に喜べなかった。吹っ切れたのは僧侶の言葉がきっかけ。「あなたが移植を待っていたからドナーが亡くなったのではない。受け取ったあなたが元気なことに、ドナーの家族は、ありがとうと言っているはずだ」。以来「本当に良かった」と笑えるようになった。

 職を得て社会復帰した今、「ドナーや家族、支えてくれる人たちの素晴らしさや、命の大切さを伝えたい」と、NPO法人・日本移植未来プロジェクト(名古屋市)の理事に就き、月1、2度の授業に臨む。

 この日の授業はこう締めくくった。「自分で歩け、働き、料理を作る。私は普通のことがとっても幸せ。皆さんも、いろいろな経験をすると思いますが、全部人生の糧になりますよ」

 藤田保健衛生大(愛知県豊明市)の朝居朋子准教授は11月中旬、医師や看護師を目指す学生8人による「いのちの授業」を同県岡崎市の北中学校で開いた。

 「心臓から出た血液が体を一周して戻ってくる時間は」−。「1分です」。心臓の働きを知ることを通じ、命の大切さを実感するのが狙いで、クイズをしたり、聴診器で心拍の音を聞いたり。グループに分かれ話し合う時間も設けた。

 医学部2年生の楠井翔也さん(21)は「自分もまだ学んでいる最中。教えるのは難しかった」と語り、自らも命について思いを巡らせた様子。この日は臓器移植について触れたわけではないが、日本臓器移植ネットワークの移植コーディネーターを務めた経験がある朝居准教授は「一人一人の命の大切さや自己尊重を学べば、臓器移植についても、将来自分のこととして考えられるようになるのではないか」と語る。

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