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〈いのちの響き〉地域移行のはざまで (3) 重い障害、施設が頼り

(2017年12月15日) 【中日新聞】【朝刊】【その他】 この記事を印刷する
画像面会に訪れた父親の小林仁充さん(左)と散歩する娘の久子さん=愛知県春日井市の都市緑化植物園で

 「いちに、いちに」。木々の葉が赤く染まった愛知県春日井市の植物園の小道を、小林仁充(きみのぶ)さん(79)と長女の久子さん(53)がゆっくり歩く。父が娘を支えるように、親子で腕をしっかり組んで。

 久子さんには重い知的障害と、体幹機能の障害がある。話すことが不得手で、表情の変化もあまりない。一人で歩くとつまずいたり転んだりしてしまう。1年半前から植物園にほど近い障害者施設「養楽荘」で生活しており、仁充さんは毎週3回、会いに行っている。久子さんの脚のリハビリとスキンシップを兼ねた20分ほどの散歩は、親子水入らずの時間だ。

 久子さんは、養楽荘に入る前、30歳のころから市内の愛知県心身障害者コロニーで生活していた。1968年に県が開設したコロニーは、成人の入所施設に病院なども併設した総合福祉施設。仁充さんも「ここでずっと」と思っていた。

 しかし、障害者自立支援法が施行された翌年の2007年、県は成人入所施設の廃止を含むコロニーの再編計画を表明。障害児用の施設などを改築する一方、成人の施設は廃止し、入所者140人全員の地域移行を図る方針を明らかにした。

 久子さんは生後40日で重い肺炎を発症。脳に十分な酸素が行き届かなくなり障害が残った。じっとしているのが苦手で、仁充さんが読みかけの本を破るなど、物を壊してしまうこともしばしばだった。

 高校教諭だった仁充さんは毎日、授業が終わると車で1時間かけて、リハビリに久子さんを病院に連れて行った。しかし、状態は上向かない。久子さんの妹2人もいる。「このままでは家庭が壊れる」。やむなく、久子さんが4歳のころ、障害児用施設に入って以来、施設を生活の場としてきた。

 だから、県のコロニー再編計画を知らされたときは、こう思った。「再び地域で暮らそうなんて、現状を知らない空論」

 実際、コロニーの成人入所施設の廃止が公表されて閉まるまでの約9年間に、グループホームに移った人は14人のみ。120人以上はほかの施設を見つけ、入所する施設を替えただけだ。入所者の8割に重い障害がある。本人の希望を確認しづらい人が多い上、てんかんの発作などで見守りが必要で、職員が無理だと判断したケースもあった。

 久子さんも意思確認が難しい。仁充さんが様子をみながら転居先を考えた。グループホームも見学したが、家の中の移動にも介助が必要な久子さんには向かなかった。市内の別の施設を希望したが満室。同じように最後まで行き先が決まらない人は30人余りいた。

 このため、地元の社会福祉法人がコロニー近くの県有地に、40人規模の入所施設を整備することになった。それが、久子さんが現在暮らす養楽荘だ。その名前は、コロニーの成人施設から引き継いだ。

 仁充さんは、妻(78)が入院中のため、いまは自宅で一人暮らし。養楽荘に行った後はいつも妻を見舞う。久子さんを安心して任せられる施設があるからこそ、妻の看病にも専念できる。もしも自分に万が一のことがあれば、いよいよ久子さんのよりどころは施設になる。だから、地域移行を進め、施設を減らす動きには違和感をぬぐえない。

 「施設のおかげで救われている。そういう家族が現にこうしているんです」(添田隆典)

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