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17歳の遺志 未来へ 小児がん 両親の寄付でシンポ

(2017年12月17日) 【中日新聞】【朝刊】【その他】 この記事を印刷する

来月名古屋 研究者・同級生ら参加

 小児がんの一種、悪性リンパ腫により名古屋大小児科病棟で九月に亡くなった愛知県東浦町の川澄敬(けい)さん(17)=東海高二年=の両親が「医学研究に役立ててほしい」と香典から百七十万円を同大小児科の先端研究を応援する「名古屋小児がん基金」に寄付した。自身の治療に公費が使われていることを知り、将来「社会の役に立ちたい」と願っていた敬さんの遺志を生かした。同基金は寄付を基に来年一月、「川澄敬記念シンポジウム」を開き、各地の研究者や患者団体関係者と将来への提言をまとめる。(安藤 明夫)

 敬さんは東海中(名古屋市東区)三年の秋に発症し、治療を続けてきた。がんの勢いは強く、東海高に進んでからも登校できたのは二カ月だけ。月に約二百万円かかる医療費の大半が公費で賄われていることを知り「病気を治して、世の中の役に立つ人間になり、還元していきたい」と将来の夢を語っていた。プロ野球中日ドラゴンズの熱烈なファンで、亡くなる前日まで成績を気にしていた。

 父の会社員一仁さん(51)、母の町会議員・長屋知里さん(51)は、敬さんの遺志を生かそうと、香典などから、亡くなった当時の年齢の十七歳に合わせた百七十万円を寄付。名古屋小児がん基金理事長の小島勢二名大名誉教授らが使い道を協議し、一月十四日午後一時半から、名古屋市中区栄三、栄ガスホールでシンポジウムを開くことにした。

 シンポでは、小児がんの治療の歩みや最先端の研究の展望などを全国の研究者、次世代の若手らと話し合う。各地の患者団体の関係者や、敬さんの両親、同級生らも参加する。入場無料。

中日ドラゴンズの(右から)浜田達郎、三ツ間卓也両投手の慰問を受け、ユニホーム姿で喜ぶ生前の川澄敬さん(左から2人目)。左は父・一仁さん=昨年1月、名大病院で

 小島さんは名古屋第一赤十字病院の勤務医だった一九九二年にも、難病の再生不良性貧血で亡くなった女児の遺族からの寄付を受けてシンポを開催。その後の全国実態調査や共同研究、治療薬の保険適用などにつながった経験があり「今回も、研究者や患者さんのご家族らが集う中で、小児がん研究の現状を提言し、将来への展望を開くことができれば」と意欲を燃やす。

 長屋さんは「思いを受け止めていただき、恐縮しています。このシンポで敬の友人たちが何かを感じ取り、十七年の敬の命と彼の遺志が引き継がれていくと、うれしいです」と話す。
 同シンポの問い合わせは、名古屋小児がん基金=電052(744)2308=へ。

<小児がん> 白血病、悪性リンパ腫、脳腫瘍、神経芽腫など小児がかかるがんの総称。年間2000~2500人が新たに診断される。医療の進歩により、現在では70~80%は治るようになったが、標準的な治療が効かない場合や再発例は治療が難しい。代表的な小児がんの急性リンパ性白血病の5年生存率は、欧米主要国に10%前後の後れを取っており、診断、治療の体制にさまざまな課題が指摘されている。また、大人になった患者の長期フォローアップも国の第3期がん対策推進基本計画の重点施策になっている。

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