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〈いのちの響き〉地域移行のはざまで (4) 一つ屋根で家族のように

(2017年12月20日) 【中日新聞】【朝刊】【その他】 この記事を印刷する
画像グループホームで暮らす小沢節子さん(左)。一緒に住む山本清美さんを部屋に招いておしゃべりする=滋賀県東近江市で

 毎日帰る「家」がある。自分だけの部屋がある。知的障害があり、小学校低学年から約40年、施設暮らしだった滋賀県東近江市の小沢節子さん(56)にとって、それは当たり前のことではなかった。住んでいるグループホーム「明歌里(あかり)」は、障害者が施設を出て地域で暮らす「地域移行」で手に入れた居場所だ。

 ホームは2階建ての一軒家。天井が高く開放感にあふれ、ほんのり漂う木の香りが温かさを感じさせる。入居するのは節子さんのほか、知的障害がある30代女性と50代男性、知的と身体の障害がある50代男性の3人だ。4人全員に個室がある。

 節子さんは、国が定める障害支援区分で2番目に重い「5」。自宅で親が介助して育てるのが難しく、7歳ごろ全寮制の施設に入所し、46歳まで社会福祉法人「蒲生野会(がもうのかい)」が運営する施設で暮らしていた。2007年に法人が地域移行を進めるため、グループホームを新築したのを機に、移り住んだ。

 平日は法人が市内で運営する作業所に通う。成年後見人の手を借りて、毎月、一級の障害年金約8万1千円と作業所の工賃収入2500円の合計金額から、家賃や食費、光熱費など約6万円を支払う。

 作業所には、午前8時半に迎えに来る法人のバスに乗って向かう。他のホームを経由し、午前9時前に到着する。担当する仕事は、はがきを作るため牛乳パックを細かくちぎる作業だ。同じ班の約10人で朝の会を開き、一日の流れや目標を確認する。仕事を終えてバスで帰宅するのは、午後4時半ごろだ。

 新生活を始めたばかりのころは、毎晩泣いた。相部屋でいつも周りに人がいる施設とは違って、しんとした部屋で一人で眠るのは不安でたまらなかった。しばらくは施設の職員らが一緒に寝ていたが、部屋のドアを開けたままなら一人でも寝られるようになった。

 男女別々のフロアだった施設では、トイレでもドアを開けっ放しだったが、男性もいるホームでは閉めなくてはならない。外出も月1回程度だったのが毎週のようになり、外でトイレに行く回数が増え、ドアを閉めることにも次第に慣れた。

 ホームでは、パート職員の「キーパー」たちが支援する。12人が交代で泊まり込んで、夕方から翌朝まで入浴を手伝ったり、ご飯を作ったりする。特別な資格はないが薬を飲ませたり、病気になったときは日中も看病したりする。

 城野きみよさん(61)は、ホームができた当初からホームでキーパーをしている。「正直、責任も負担も重い。でも、以前は夜中に騒ぐなど不安定だった4人が、今は落ち着いてきた。その経過を見てきたので、これからも支えていきたいと思う」と話す。節子さんもすっかりホームでの生活に馴染んだ。「施設に戻りたい?」と聞かれると「いやや」とはっきり答える。

 午後6時。お風呂を済ませ、皆で夕食を食べる前、節子さんが一緒にホームで暮らす山本清美さん(31)を自分の部屋に招き入れた。清美さんは節子さんのことを「お姉ちゃん」と呼ぶが、節子さんは自分は清美さんの「お母さん」だと思っている。

 同じ施設にいたが、大人数だったため年が離れた2人が触れ合うことはほとんどなかった。それが10年一緒に暮らすうち、姉妹や母娘のように寄り添うようになった。「なでなで」。赤ちゃんの人形を膝にのせておしゃべりしながら、節子さんが何度も何度も清美さんの頭をなでた。(細川暁子)

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