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メスを捨て「町医者」に 水野医院 水野敏彦さん

医人伝

(2017年12月26日) 【中日新聞】【朝刊】 この記事を印刷する

水野医院(滋賀県米原市) 院長 水野敏彦さん(74)

画像「困っている人を助けたい」と患者に向き合う水野敏彦さん

 滋賀県米原市長岡で診療所を営む傍ら、統廃合で空き校舎となった同市の旧山東東小学校でボクシングジムを運営、トレーナーも務める。「どちらも相談員みたいなものだよ」。お年寄りの心音に耳を澄ませる一方、ミットを手に若者の拳を感じる毎日だ。

 趣味で始めたボクシングにのめり込んだのは、60歳を過ぎてからだった。リングに上がることはなかったが、今ではその経験を生かし、プロの試合のリングドクターも担う。

 2011年に旧山東西小に東小が吸収され、新たに山東小ができた。「思い出の校舎を残してほしい」。地元自治会や町づくり委員から強い要望を受け、翌年、旧東小内に介護福祉施設「緑泉館」を開設した。校舎を改装し、サービス付き高齢者向け住宅や高齢者ホームサロンを設けた。施設内の一角に介護予防ができるフィットネス施設を備え、それがジムへと発展した。

 祖父から続く医者家系で岐阜県土岐市で生まれた。7人きょうだいの末っ子だったせいか、「医者にならなきゃ」というプレッシャーはなく、一時は船乗りになろうとも考えた。医療の道に進んだのは「結局、その道しか知らなかったから」。

 日本大医学部に進学。第一外科で胆のうや膵臓(すいぞう)を担当する中で、専門性が強い大学病院の治療は肌に合わないと感じた。「一人の患者に丁寧に接するほうがいい」。患者が海外旅行に行くと聞けば、出発前に電話で体の状態を聞くことも。同僚から「開業医みたいな治療をする」と言われても「これが自分のスタイルだ」と気にしなかった。

 開業を考えた40代半ば、後継者がいないなどの理由で空き診療所となる医院が数百あることが分かった。その中で偶然目に留まったのが米原市。JR近江長岡駅のすぐ近く。目の前には雄大な伊吹山がそびえ、田んぼが広がっていた。「ここしかない」。縁もゆかりもない土地だったが即決した。「その日からメスは捨てましたよ」と笑う。故郷の土岐市の景色とも似ていた。久しぶりに感じる田舎の風が心地よかった。

 週に1度、車を40分走らせ、伊吹山の奥地にある空き診療所に往診に訪れる。住民が列をつくって待っているのを見ると「医者冥利(みょうり)に尽きる」という。「困っている人がいるなら、人間はそれに応えるべきだ」と力を込める。(大橋貴史)

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