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第31回

「受け答え」の技術

2012年3月15日

 ホームヘルパー養成講座に通っている知人が、講義で聴いた話です。

 あるグループホームに入所していた認知症のおじいさんが自殺をほのめかす言葉を残して、外出しました。後を追った介護士。引き留めても感情が高ぶるだけなので、雑談をしながら一緒に歩きました。
 歩道橋の上で「ここがいいか」というおじいさんに「いや、もっと他の場所がいいですよ」。ビルの屋上に来ると「もっといい場所を探しましょうよ」。
 そのうちに、おじいさんは当初の目的を忘れ、介護士と散歩している気分になっていきました。
 夕暮れ近く、おなかがすいたおじいさんは、目に付いたハンバーガーショップに入りました。
 注文をして、レジの女性に「いくらだ」とポケットから取り出したのは、くしゃくしゃのティッシュペーパー。
 介護士は一瞬、青ざめました。他人から間違いを指摘されると、認知症の人は逆上して不安定になることがよくあるからです。

 でも、レジの若い女性は落ち着いて、笑顔でこう答えました。
 「申し訳ありません。当店においては現在、こちらのお札はご利用できなくなっております」
 おじいさんは「そうか、ここでは、この金は使えんのか」と、あらためてポケットの小銭を取り出しました。
 介護士はすっかり、この店のファンになったそうです。

否定せずに誘導する

 自殺を考えるおじいさんの気をそらした介護士も見事だけど、レジ女性のとっさの対応、拍手ものですね。

 認知症の患者数は2010年現在で、推定226万人。10年後には300万人を突破する見通しです。
 その6割以上を占めるアルツハイマー病は、記憶のストック容量が小さくなって、新しい記憶、大事な記憶がこぼれ落ち、社会生活に支障を来す ようになる病気。人間としてのプライドも、自分の能力への不安も抱えたまま病気が進行していきます。

 失敗や勘違いがあっても、あからさまに否定せずに誘導していくことが介護の基本。このレジ女性は、たまたま身内に認知症の方がいたか、店の研修で対応を学んだのでしょう。

 認知症の人が住みやすい社会づくりは、こんな笑顔の積み重ねで広がっていくのだろうと思います。


グループホームで暮らす認知症女性。尊厳が守られる社会でありたい

                 ・・・・追加・・・・
◆3月22日・・・皆さんから寄せられた反響などを続編としてアップしました。右上の一覧から『第32回 続・「受け答え」の技術』へ、お進みください。

◆3月29日・・・認知症シリーズのまとめとして、長野県飯綱町の啓発ソングの話題や、過去の取材体験を書きました。右上の一覧から「第33回 特別な病気じゃない」へ、どうぞ。

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執筆

安藤 明夫

編集委員

生きがい、生活習慣病予防、心の健康・・・医療記者としての取材体験を自分自身の「これから」に重ねて、つづっていきます。