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第218回

価値観を侵す病

2016年11月18日

 先日、名古屋市で開かれたアルコール関連問題の市民セミナーでのこと。
 断酒会員の男性が「価値観」をキーワードに体験発表しました。要約すると、こんな内容でした。

酒を飲むことをすべてに優先していた

 9年前に断酒するまでは、酒を飲むことがすべてに優先する価値でした。
 体を壊し、医師や家族に酒を止められても、飲むことしか考えませんでした。
 スーパーに買い物に行ったとき、妻に「ちょっとトイレに行ってくる」と告げて、酒売り場で焼酎をつかんでレジへダッシュ。トイレへ持ち込んで、すばやく飲んだりしました。
 そんなことがばれて、お小遣いも管理されるようになると、自転車で仕事へ行く途中に、墓地に立ち寄って、お供えの酒を探しました。ネオン街を回って、捨てられている瓶に残り酒がないかを確かめました。交通事故現場のお供え酒を見つけ、周りを見渡してから、持ち去ったりもしました。
 あるとき、トイレで消毒用アルコールの瓶を手に取り「これもアルコールには変わりないだろう」と飲んだことがありました。泡立つばかりで、ひどい味でした。
 トイレの鏡に写る自分の顔を見て、心の中でふと「お前、狂っているのか」とつぶやきました。それまでも自分の行動が異常だとは分かっていましたが、「狂っている」という言葉がわいてきたのは初めてでした。
 その後、食道静脈瘤で入院したことから、アルコール治療の専門病院につながり、断酒することができました。
 断酒の継続は油断大敵だけれど、苦しむ家族の姿をもう見たくないと思っています。常識的な価値判断をできる自分、それを支えてくれる家族を、とても大切に思います。

性格の問題ではない

 アルコール依存症という病気によって、考え方や行動がいかにゆがんでしまうかを、痛切に感じる内容でした。
 私は、この問題を20年以上前から取材していて、断酒会員の方の体験を聞く機会も珍しくはないのですが、今回の発表が胸にしみたのは、アルコールの問題があった知人が最近、亡くなったことも影響しています。
 明らかに体調が悪そうなのに、病院に行こうとせず、周りが治療を勧めても、かたくなに拒否して、飲み続けていました。末期の大腸がんでした。
 まったく理に合わない彼の行動も、アルコール依存症がもたらしたものだったのでしょう。

 アルコール健康障害対策基本法の基本計画が内閣府で制定され、各都道府県に相談拠点と専門医療機関を設けるなどの目標が定められました。それを具体化する推進計画を2020年までに各都道府県で作っていくのですが、まだまだ一般の関心は乏しいようです。
 弱い人、ダメな人が依存症になるのではなく、ごく普通の、まっとうな人生を歩んできた人が、病魔に価値観を侵されてしまう。家族や周りの人たちもそれに巻き込まれてしまう。その怖さを、もっともっと伝えていかねばと思います。
 市民セミナーで「アルコール依存症と臓器障害」について講演された中尾春壽・愛知医大肝胆膵内科特任教授は、次の言葉で締めくくりました。
 「アルコール依存症は個人の性格とは無関係であり、専門医療機関での治療で治るこころの病気です。

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執筆

安藤 明夫

編集委員

生きがい、生活習慣病予防、心の健康・・・医療記者としての取材体験を自分自身の「これから」に重ねて、つづっていきます。