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第221回

小児科病棟の記憶

2017年4月4日

 名古屋大付属病院の小児科病棟での闘病体験をバネにして、名大医学部に見事に合格を果たした板倉京平さん(19)と孫思佳さん(20)の話題を、4月1日の社会面、4日の医療面で紹介しました。
合格の原動力として「忍耐力」を挙げた板倉さん、「感謝のこころ」を強調した孫さん。二人とも誠実で、意志の強さを感じさせる素敵な若者でした。2時間あまりの取材の中で、私が胸を衝かれたのは、小児科病棟で板倉さんが見せた涙でした。

匂いが呼び起こすもの

 5階にある病棟の自動ドアを開けるなり、板倉さんは「この匂い・・・。涙が出そう」とつぶやきました。一緒にいた母・知恵美さん(47)も深くうなずいていました。私は、他の病棟と同じような消毒の匂いしか感じなかったのですが、母子にとっては、9年前の7カ月間の入院生活を呼び起こす匂いでした。
 地元の四日市の病院から転院するなり、「絶食」の日々。腸を取り巻くがんを小さくする投薬治療の影響で、腸管が破裂する恐れがあったからです。そして、切除手術後には強い抗がん剤を6クール。吐き気、だるさでベッドから起き上がることも難しく、院内学級にもあまり行けなかった。ずっと付き添っていた知恵美さんは、病棟内で着替えを洗濯し、折りたたみのベッドで休む生活。そんな記憶が、よみがえったようです。

 そこへ、男性の看護師さんが声をかけてきました。病棟の副師長の柏勇治さん(36)。板倉さんが入院した当初の担当だったそうです。「あのころは本当に大変だったねー。薬も飲めなくて・・・」「本当に大きくなったね。(合格に)すごいよ。よく頑張ったね」と柏さんが話すうち、板倉さんの笑顔がだんだん泣き笑いになって、涙が止まらなくなりました。知恵美さんも、ハンカチを目に当てていました。

 どれだけつらい思いをしたのか、痛いほど伝わってきました。それを乗り越え、学校に戻れたときの感慨はひとしおだったことでしょう。その体験から、志望を名大医学部一本に絞り、一日10時間以上の猛勉強を続けてきた。「頑張る理由が明確でした」と振り返る言葉に、重みがありました。

つらい体験が成長につながる


主治医の小島勢二名誉教授に合格を報告した板倉さん、孫さん

 精神医学の用語で「Post Traumatic Grouse」(PSG)=心的外傷後の成長」という概念があります。戦争や大規模災害などでのPTSD(心的外傷後のストレス障害)は有名な言葉になりましたが、その逆に、トラウマの経験が人を大きく成長させる場合もある、という考え方です。周囲の支えや本人の努力で、つらい体験を過去のものにできたときに、その体験がプラスになっていくことがある。これは、アルコール依存症などの回復者の方たち、障害児の親たちを取材する中でも、しばしば感じることですが、板倉さんからもそんなパワーを感じました。
 板倉さんに比べると、孫さんは闘病の身体的な負担は軽かったようですが、医療スタッフや家族に深い感謝の気持ちを抱き、恩返しのためにお正月も休まずに頑張り続けて、三度目の挑戦での栄冠。「感謝できるようになったのが成長だと思う」という言葉に、とても説得力がありました。
 これから、いろんな経験を積んで、人生を楽しみつつ、患者さんに役立つ仕事をしてほしいと思います。お二人に心からエールを送ります。

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執筆

安藤 明夫

編集委員

生きがい、生活習慣病予防、心の健康・・・医療記者としての取材体験を自分自身の「これから」に重ねて、つづっていきます。